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Category: 誌面説教②

原理講論を読もう♪83

<成和学生会報2017年2月号掲載>


ユダヤ民族捕虜および帰還時代

先月号は統一王国時代における王たちの不信、それに伴う南北王朝分立時代、そして北朝イスラエル、南ユダにおいても正しい信仰を持つことができなかったがゆえに、バビロンに捕われていく同時性の時代を学びました。

原理講論を読もう♪82

<成和学生会報2017年1月号掲載>

 

責任を果たせなかったイスラエルの王たち

 
先月号は統一王国時代について学びました。統一王国時代はエジプト苦役時代400年の後に訪れた120年、モーセのパロ宮中40年路程、ミデヤン荒野40年路程、カナン復帰のための荒野40年路程を蕩減復帰する期間でした。

原理講論を読もう♪81

<成和学生会報2016年11・12月合併号掲載>

 

 

士師を通して国を建てられる神様

今回は士師時代の次の時代、イスラエル民族が長い部族長政治から王政時代に突入する統一王国時代について学びます。

原理講論を読もう♪80

<成和学生会報2016年11・12月合併号掲載>

 

 

エジプト苦役時代から士師時代へ

先月号はアダムからモーセの時代までに反復された摂理の数理を紐解きながら、 同様な数理的蕩減期間を復帰しながらも、その復帰摂理の善の基盤は家庭的な基盤から民族的な基盤へ、民族的な基盤から国家的な基盤へと拡大していくのだということを学びました。今回はモーセ以降、士師時代について学んでいきます。

原理講論を読もう♪79

<成和学生会報2016年10月号掲載>

 

縦横に展開される復帰摂理の蕩減条件

 
先月号は摂理的同時性の時代を見ながら、どのようにして年数や代数が形成されたのかを学んでいきました。復帰摂理を担当する中心人物は、縦的な蕩減条件を横的に蕩減復帰しなければいけないため、復帰摂理が延長されるにしたがって、中心人物が立てなければいけない横的な蕩減条件は次第に重くなっていくと言えます。

 
例えばノアは摂理の中心人物となりましたが、堕落したアダムの立場を復帰するために、天宙を復帰するという観点から巨大な箱舟を一代で建造しなければいけませんでした。これはアダム家庭のアベルが信仰基台としての象徴献祭を捧げるのに必要とした期間に比べると非常に長く、また重い蕩減条件が加重されたことが分かります。ノアは箱舟を作る期間120年、洪水審判40日、洪水の後に地上が乾いたかどうかを確かめるために鳩を放った21日期間、箱舟がアララテ山にとどまった後、鳩を放つまでの40日期間を信仰基台を勝利するための蕩減期間として歩みました(図の注①参照)。しかしハムの失敗によってノアが立てたこれらの数理的蕩減期間はサタンの侵入を受けることになったため、後の復帰摂理においても縦的な蕩減条件として残るようになったのです。

 
そのためアブラハムが摂理の中心人物となった時も、この数理的蕩減期間を蕩減復帰しなければいけませんでした。本来は象徴献祭で横的に蕩減復帰するはずでしたが、鳩を裂かずに失敗してしまったため、この数理的期間の蕩減復帰はイサク、ヤコブの3代まで延長されたのでした(図の注②参照)。その蕩減復帰の内容を見ると、アブラハムがハランから出発した後、ヤコブがエサウからレンズ豆のあつもので長子権を復帰するまでの期間が120年の蕩減期間、その後ヤコブがイサクから祝福を受け継ぎ、ハランに行く途中のべテルにおいて神の祝福を受けるまでの期間が40年の蕩減期間、ヤコブがハランにおいてラバンに騙されながらも家族と財物を復帰してカナンに戻るまでの期間が21年の蕩減期間、ヤコブがカナンに帰った後、兄たちによって売られていったヨセフを訪ねてエジプトに入るまでの期間が40年の蕩減期間になったのでした。

 
このように12数、4数、21数、40数はその後も復帰摂理において復帰すべき数理的蕩減期間として適用されたため、モーセも同様にこの数理的蕩減期間を横的に蕩減復帰しなければいけませんでした。パロ宮中40年、ミデヤン荒野40年、出エジプト後の荒野路程40年を合わせた期間が120年の蕩減期間、シナイ山において十戒が刻まれた石版を受けるための断食期間が40日の蕩減期間、三大奇跡と十災禍によって出エジプトした後、カナンに至る最短路程が21日の蕩減期間(第一次路程ではイスラエル民族がモーセと一体となれなかったため出発できなかったが、第二次路程では紅海を渡り荒野を迂回して21カ月路程として歩む)、カナン復帰のための偵察(40日間)をおこなったもののイスラエル民族が不信の報告をしたため日数分を年数に換算して蕩減しなければいけなかった荒野路程が40年の蕩減期間となりました。

 

拡大する蕩減復帰を通した善の基盤

 
アブラハムやモーセのように縦的な蕩減条件を横的に蕩減復帰した復帰摂理について真の父母様は次の様に説明されています。

 
 アブラハム家庭において、イサクを経てヤコブの時に至り、ヤコブを中心としてついにアダム家庭を身代わりし、ノア家庭を身代わりできる基準を探したてました。・・・このように個人から家庭、そして親族的な環境を立てておいた後にも、彼らは平安な道を歩んできたのではありません。再び民族を造成するための民族的な闘いを展開し、神様を中心とする民族を形成しなければならない試練の舞台に上がったのです。(み言に学ぶ統一原理 P238)

 
このように同様な数理的蕩減期間を復帰しながらも、その復帰摂理の善の基盤は家庭的な基盤から民族的な基盤へ、民族的な基盤から国家的な基盤へと拡大していくのだということがわかります。来月号では、モーセ・ヨシュア以降の摂理的同時性の時代について学ぼうと思います。

原理講論を読もう♪78

<成和学生会報2016年9月号掲載>

 

復帰摂理から見た歴史発展

先月号は摂理的同時性の時代において反復される数理的期間について学びました。4数、12数、21数、40数といった数がそれぞれ原理的な意味を持って使用されていることが分かりました。今月号では実際にどのような時代が摂理的同時性の時代として反復されたのか、またどのようにしてその代数と年数が構成されたのか学んでいこうと思います。

原理講論を読もう♪77

<成和学生会報2016年8月号掲載>

 

摂理の数理的類似性

先月は“摂理的同時性の時代”は神の復帰摂理に起因していることを学びました。“メシヤのための基台”を造成するための摂理が中心人物の失敗によって反復されることにより、それに伴う数理的期間も反復されることで類似した時代が繰り返されることが分かりました。

原理講論を読もう♪76

<成和学生会報2016年7月号掲載>

 

 

摂理的同時性の時代

 
今月からは原理講論の後編第三章『摂理歴史の各時代とその年数の形成』を学んでいこうと思います。いわゆる“同時性”と呼ばれている部分です。

原理講論を読もう♪75

<成和学生会報2016年6月号掲載>

 

第三次世界的カナン復帰路程の出発

 
先月号ではイエス様の十字架の路程を学びました。イエス様を不信したイスラエル民族と全人類を救うために、イエス様は十字架にかかり、この世での生を終えました。キリスト教ではイエス様が地上に降臨された目的は十字架にかかることにあったと理解しています。

原理講論を読もう♪74

<成和学生会報2016年5月号>

 

全人類の救いを選ばれた神様

 
先月号は、イエス様が地上で最も成さなければいけなかったことは、 弟子を増やすことでもなく、病人を癒すことでもなく、一人の女性と結婚し、真の父母となって善なる血統を残すことだったと学びました。