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勉強すれば未来が保証される

<成和学生会報2017年2月号掲載>


未来のために生きる人

皆さん、勉強をなぜするのでしょうか。学校は、今日のために行くのですか?(未来のために行きます。)皆さんは、未来のためですか?(はい。)私は分かりません。(笑い)

父母たちが「学校へ行け、こいつ」と言い、むちを打てば、むちを受けて泣きながら学校に行くのです。「エーン、エーン」と泣きながら学校に行くのです。それはどれほど不幸でしょうか。しかし、泣きながらでも学校へ行く道には希望がある、未来があるというのです。

「あー、私行かない!」と言って行かなかった人よりも、未来があるというのです。何の話か分かりますか?今日のために生きる人になるか、未来のために生きる人になるかという話です。今日のために生きる人と、未来のために生きる人がいるのです。

私たちはここで、このような二種類の人を探し出せます。皆さんはどちらを取りますか?(未来のために生きる人です。)なぜですか。(より価値があるからです。)どうして価値があるのですか。

今日のために生きる人は、今日が終われば行く道がないのです。ぐるっと後ろ向きになれるし、横には行けます。しかし、未来のために行く人は泣きながらも前進するのです。

明日も行くことができ、あさっても行くことができます。何の話かといえば、今日のために生きる人は、今日が終われば後退するか、もしくは横に行くのです。横に行く時には前進がないので下りていくようになります。

けれども未来のために行く人は、疲れても横に行こうとも前進するというのです。前進。それでより価値があるというのです。価値があるということは、深さと高さと広さがあるというのです。

今日のために生きる人はここで終わります。価値がありません。深さもなく、高さもなく、広さもないというのです。後退です、後退。ですから価値がないというのです。分かりますか、何の話か。

勉強は未来を保証する

今日、学生たちに勉強しろと言えば「勉強するのは嫌だ。私は勉強しなくてもいい。」と言ってひっきりなしに遊び回るのです。そうしてみるとこれが習慣になり、滅びるようになり、悪くなるのです。

勉強する人には未来が保障されるのです。若い時に勉強しないで遊んだ人は、老いた時苦労するのは原則です。若い時遊びたくても遊べず、犠牲となり、そして努力した人は晩年に…。宇宙の道理がそのようになっているのです。幸福な人、満足な人は宇宙の道理に乗っていく人です。

勉強する人は「ああ、私たちの家、私が良い暮らしをするために勉強する」というのと、「ああ、国と世界を生かすために勉強する」というのとでは内容が違います。では、普通の人は何のために勉強しますか。自分が出世するために、自分の家庭のために勉強します。国とか世界のため勉強しなければなりません。それでは、何が理想的だと言えるでしょうか。もちろん私のために勉強するというのも理想的です。しかしそれよりは、家庭のためというのがより理想的だというのです。そして、家庭より国のためにするというのがより理想的であり、国より世界のためにするのがより理想的であり、世界より宇宙のためにするのがより理想的だと、こうなるのです。


【二世の道pp.190~195より抜粋・編集】

Category: み言の学校