Subscribe via RSS Feed

原理講論を読もう♪82

<成和学生会報2017年1月号掲載>

 

責任を果たせなかったイスラエルの王たち

 
先月号は統一王国時代について学びました。統一王国時代はエジプト苦役時代400年の後に訪れた120年、モーセのパロ宮中40年路程、ミデヤン荒野40年路程、カナン復帰のための荒野40年路程を蕩減復帰する期間でした。
イスラエル民族は待ちに待った王政による統一王国時代を迎えたものの、中心人物である王たちは不信によって神のみ旨を成し遂げることはできませんでした。サウル、ダビデ、ソロモンといった歴代の王たちは周辺の異民族を統治しながら正しい信仰の文化を定着させなければいけませんでした。しかし逆に異民族の悪しき文化に飲み込まれ、正しい信仰を定着させることができませんでした。
 「ダビデもやはり、王位に上がってそれで満足するのではなく、王位を基盤として異邦の文化を踏み越えていける民族を創建し、民族文化を成し遂げなければなりませんでした。異邦の国を征服するようになるときは、その国の文化まで余すところなく切ってしまわなければなりません。そうして億千万の世代に恨を残した恩讐の前で真理の剣を振るうことができなければならなかったのです。そのような権限をもって進み出て行くことがサウルの責任であり、ダビデの責任であり、ソロモンの責任だったのですが、彼らはその責任を果たせませんでした。」(み言に学ぶ統一原理 P241)

 

分裂し南北王朝時代へ

 
統一王国時代を再び蕩減復帰するための期間が、統一王国が北朝イスラエルと南朝ユダに分立された後、ユダヤ民族がバビロンへ捕虜として捕われていくまでの400年の南北王朝分立時代でした。この時代は、象徴的同時性の時代のうち、ヤコブがエサウからパンとレンズ豆のあつもので、長子の嗣業を奪う条件を立てたのち、再びイサクの祝福と、神の祝福を受けてハランの地に入るまでの40年間を、形象的な同時性として蕩減復帰する期間となりました。
ソロモンの死後、その息子であるレハベアムがイスラエルの王位に就きましたが、民衆の信頼を得ることができず国は混乱に陥ります。その結果、二人の王がイスラエルに誕生することになります。一人は民衆の信頼を失ったレハベアムです。レハベアムはユダ部族とベニヤミン部族を中心とした南ユダの王となりました。もう一人は混乱した民衆を束ねたヤラベアムでした。ヤラベアムはユダ部族とベニヤミン部族を除いた10部族を中心とした北朝イスラエルの王となりました。
ここから南ユダと北朝イスラエルは長い間、主権をめぐって闘争を続けたと言われています。しかしイスラエル民族の最も重大な不信は、神ではない異教の神を崇拝したことでした。特に北朝イスラエルはヤラベアムがイスラエルの神としての金の子牛を造ったことに始まり、歴代の王たちがバアルのための祭壇を築くなど悪をおこなったのでした。

 

エリヤによる悔い改めの摂理

 
こうした状況に神は怒り、イスラエル民族を正しい方向に導くために預言者エリヤを送ったのでした。エリヤは異教であるバアルの預言者450人、アシラの預言者400人とカルメル山で対峙し、どちらの神が本当の神であるかをかけて対決しました。

「一頭の牛を彼ら(バアルの預言者)に選ばせ、それを切り裂いて、たきぎの上に載せ、それに火をつけずにおかせなさい。わたし(エリヤ)も一頭の牛を整え、それをたきぎの上に載せて火をつけずにおきましょう。こうしてあなたがたはあなたがたの神の名を呼びなさい。わたし(エリヤ)は主の名を呼びましょう。そして火をもって答える神を神としましょう」(列王紀上18・23-24)

エリヤは見事にこの対決に勝利し、バアルの預言者を一掃することに成功します。真のお父様は当時のイスラエルについて次のようなみ言を語っておられます。
「北朝のアシラの木造は外的な神であり、バアル神は淫乱の神です。北朝ではこれらに仕えていました。この時にエリヤが出てきました。そして、偽りの神に仕える北朝の十支派の祭司長たちと、神様が送った真の神に仕えるエリヤが対決したのです。偶像を崇拝する北朝の800人以上の祭司長たちと一人で闘い、真の神が誰であるのかを見せてあげるための祈りをしました。エリヤが祭壇にひざまずいて祈りを捧げると、天から火が下ってきてすべてを燃やしてしまったのです。そうして、バアルの神に仕える800人以上の人たちを一度に燃やしてしまいました。このようになれば、北朝は、そこで神様の前に悔い改めて戻っていかなければならないのですが、恩讐である南朝に屈することを拒否したというのです。それが間違っていました。」(み言に学ぶ統一原理 P244)
このようにエリヤのような偉大な預言者をもってしてもイスラエル民族の不信を止めることはできませんでした。その結果、北朝イスラエルはアッシリヤによって滅亡し、南ユダはバビロニア王国によって滅ぼされ、バビロンへと移住することを余儀なくされたのでした。このようにイスラエル民族は正しい信仰を確立することができず、出エジプトの苦難の末に辿り着いたカナンの地を失い、バビロンへと捕われていくことになったのでした。

Category: 誌面説教②