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原理講論を読もう♪80

<成和学生会報2016年11・12月合併号掲載>

 

 

エジプト苦役時代から士師時代へ

先月号はアダムからモーセの時代までに反復された摂理の数理を紐解きながら、 同様な数理的蕩減期間を復帰しながらも、その復帰摂理の善の基盤は家庭的な基盤から民族的な基盤へ、民族的な基盤から国家的な基盤へと拡大していくのだということを学びました。今回はモーセ以降、士師時代について学んでいきます。
モーセの使命を受け継いだヨシュアによってイスラエル民族は長年の願いだったカナンの地へと戻ることができました。しかし神様が約束したカナンの地にはイスラエル民族ではない、異民族が既に定着していました。そのためヨシュアを中心としたイスラエル民族がカナンの地へと入るとき、エリコ城の周囲を7周行進し、ヨシュアの

「呼ばわりなさい。主はこの町をあなたがたに賜った」(ヨシュア6・16)

という呼びかけを合図に全員が大声を上げると城壁が崩落したのでした。
こうしてイスラエル民族はカナンの地へと定着を始めましたが、時間が経つにつれて周囲の異民族の影響を受けるようになりました。生活習慣、食生活はもちろんですが、ついには異民族の信仰、つまり偶像崇拝まで影響を受けるようになりました。モーセが神様から受けた十戒のうち、二番目に

「刻んだ像を造ってはならない・・・それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない」(出エジプト20・4)

と戒められている通り、唯一無二の神様以外への信仰を持つことは固く禁じられていました。神様はこうして正しい信仰を保つことができないイスラエル民族の為に“士師”と呼ばれる指導者を送り、イスラエル民族を正しい方向へと導く役割を果たさせました。士師とは“裁き司”という意味を持ちますが、実際には外的からイスラエル民族を守る軍事的、政治的指導者としての役割を果たしたと考えられています。

 

士師を通して摂理される神様

士師として有名なのは、デボラ、ギデオン、エフタなど挙げられますが、最もよく知られているのはサムソンではないでしょうか。生まれつき超人的な力を持つサムソンは、その力でイスラエルに敵対していたペリシテ人を撃退する英雄でした。サムソンの超人的な力の源は生まれて一度も切ったことがない髪の毛にありました。しかしデリラという女性はペリシテ人から報酬を受け取り、言葉巧みにサムソンに近づき力の源を聞きだそうとします。サムソンは何度かデリラの誘惑を退けますが、最後には自分の秘密を白状してしまい、寝ている隙をつかれて髪の毛を切られ、その力を失ってしまったのでした。サムソンはペリシテ人に捕らえられ、両目を失い、人々の見世物にされてしまうのでした。しかし髪の毛が伸び始めて力を取り戻しつつあったサムソンは

「あぁ神よ、どうぞもう一度、わたしを強くして、私の二つの目の一つのためにでもペリシテ人にあだを報いさせてください」(士師16・28)

と叫びながら、

建物の支柱をつかんで家を崩し、ペリシテ人を道連れにして壮絶な死を遂げました。(士師13章-16章)

 

このようにサウル王による王政を成立させるまでの400年間、イスラエル民族が異民族の信仰に影響を受けるたびに神様は士師を送ったのでした。イスラエル民族は荒野路程で立てた神への信仰をカナンの地に定着してからも持ち続けなければいけませんでしたが、自分たちよりも文化的に豊かな異民族に傾倒してしまい、信仰の伝統を立てることができませんでした。その結果、民族的基盤から王を中心とした国家的基盤に移行する摂理が遅延したのでした。
このようにイスラエル民族は神様を不信し異民族の信仰に傾倒したため、エジプト苦役400年のサタン分立基台を失う結果となりました。士師記は、失ったエジプト苦役400年の基台を、再び蕩減復帰するためのサタン分立期間だったのでした。真の父母様はカナンの地に入ったイスラエル民族についてこのように説明されています。
 イスラエル民族がカナンの福地に入っていって、失敗したこととは何でしょうか。40年間荒野をさまよった自分たちは乞食のようでしたが、カナンの地に住むカナン七族は裕福な暮らしをしていました。しかし彼らがしなければならないことは誰よりも神様を愛することです・・・神様を愛し、神様が求める国を取り戻さなければならないのです。その国とは、どのような国でしょうか。カナン七族を一掃した基台の上に立てることができる国です・・・それにもかかわらず・・・カナン七族と仲良くするようになったのです。(み言に学ぶ統一原理P.239)

Category: 誌面説教②