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召命の人生

<成和学生会報2016年11・12月合併号掲載>

 

 

神様からの召命

神様は、私たちの真の父母です。真の家庭の王、真の国の王、真の世界の王が私たちの父母様です。その方に侍ることのできる千年太平時代を迎えなければなりません。この地上で父母様に侍り、千年、万年生きるという希望を成就する各自の使命と召命的目的があることを知らなければなりません。
皆さんは、皆さんの学問と皆さん自身を、世界と神様のみ前に奉献するように召命を受けています。皆さんは、皆さんの共同体の中で神様を代弁し、神様から来る愛と希望を周りに伝達し、世の中の人たちが人類と神様に奉仕する仕事の手伝いをする使命を受けています。これは、皆さんの教会や社員や会衆を悟らせ、彼らを動員して神様を中心とする自由と平和と世界を形成することに連結されるのです。

 

“私”に願われていること

神様は、私たち個人を訪ねてこられますが、その個人を中心として家庭と社会、ひいては世界まで取り戻すことを願われます。ところが、この道がまだ塞がっています。天の摂理歴史路程は、“私”を求めて地にまで下りてきました。ですから、“私”を中心として再び天の方向に進まなければならないのですが、その道が塞がっています。それだけでなく、善を追及する人たちは、今までこの世的なあらゆるものを切って、否定しながら、失った本然のものを神様のみ前に再び探し立てることができる道を探そうとしましたが、このような道は限界点に来ています。今、皆さんが感じなければならないことは、神様の悲しみです。イエス様の悲しい心情を体恤しなければなりません。そして、神様は六千年という長い歳月を、悲しみの中であえぎながら、皆さん一人を求めてこられたという事実を、実体的に感じなければならないのです。
信仰の道を行くというのは、それほど簡単ではありません。神様からの召命は誰でも受けることはできます。しかし、この召命に従っていくことはとても大変です。神様は、“私”の後ろから行かれるのではなく、いつも先に立って行かれます。どれほど忙しそうに前を行かれるか分かりません。私たちが歩調を合わせることができないほど、先に行かれます。ですから、復帰摂理の途上における計画的な摂理、計画的な事業は大変なのです。神様の摂理は、飛躍的な発展を通して進んでいきます。このような問題を見るとき、召命を受けてみ旨の道を行く人たちは、いつも切迫した気持ちで進まなければなりません。神様と“私”がプラスとマイナスの相対的な関係を中心として調整していきながら、自分の位置を見いだし、その時に合わせていかなければなりません。

 

宿命的な道

希望に満ちた明日が、召命を受けた者として“私”を呼んでいます。その召命された人が行く道は、運命によって行くのではなく、宿命的な道に従って行くのです。運命の道は変更させることができますが、宿命的な道が変わることはありません。父子関係を変えることができますか。兄弟関係を変更させることができますか。できません。それは宿命的です。天運の道理と宿命に帰着して安着することを願う、そのような歴史が巡っているのです。その安着の基点が真の父母です。真の父母を中心とした真の子女の宿命的な関係を神様と結んでおいたので、これは変更することができないのです。父母の中の真の父母が神様です。

【天聖経pp.915-918より抜粋・編集】

Category: み言の学校