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イスラエルの伝統を築いた人々 その7:ダビデ⑦

<成和学生会報2016年10月号掲載>

 

悔い改めの詩編

 
 「神よ、あなたのいつくしみによって、わたしをあわれみ、あなたの豊かなあわれみによって、わたしのもろもろのとがをぬぐい去ってください。」(詩編51・1)

 
旧約聖書の『詩編』は、“ダビデ”と呼ばれることもあるほど、ダビデに縁のある詩が多く収められています。実際にダビデが詠んだ詩だと思われるものもあれば、ダビデが経験した出来事を思い起こさせる詩がいくつもあります。
イスラエルの“賛美歌”と言われる『詩編』には、喜びと感謝を表わす詩歌もあれば、嘆きや悲しみを率直に神様に訴えていく魂の叫びもあります。イスラエル民族にとっては嘆きもまた、独特の神様への賛美となっています。

 
詩編51篇は“嘆きの詩編”と言われるものの一つで、タイトルに『ダビデがバテセバに通った後預言者ナタンがきたときによんだもの』とあります。預言者ナタンから過ちを指摘されたダビデが、悔い改めて祈ります。

 
 「み顔をわたしの罪から隠し、わたしの不義をことごとくぬぐい去ってください。神よ、わたしのために清い心をつくり、わたしのうちに新しい、正しい霊を与えてください。」(詩編51・9-10)

 
人がどんなに願ったとしても、罪過は水で洗い流すことはできません。自分の力では清めることもできません。罪を赦すことのできる唯一の方、創造主である神様に、率直に訴えます。罪を犯す前の清い心を“再創造”してくださることを願い、人類始祖アダムが造られた時のように、“命の息”を吹き入れてほしいと願っているのです。

 
この時、罪人が神様との関係を回復するための供え物として、心から捧げ得る物は、深く悔い改めた“砕けた魂”、“砕けた悔いた心”しかないというのです。権勢を誇った王ダビデも、この詩のように、神様の前に崩れ折れ、深く悔い改めることがあったのです。

 

ダビデの犯した過ち

 
ダビデ王は、初代サウル王亡き後、南北に分裂しかかったイスラエルを統一して国力を高めていました。都をエルサレムに移し、シオンの丘に神の契約の箱を運び入れて幕屋を立てました。創造主であり、イスラエルを選び導いてきた神様の霊によって導かれていることを実感しながら国を治めてきたのです。
このダビデ王が犯した過ちとはどんなことだったのでしょうか。

 
ある日の夕暮れ時に沐浴をしている美しい女性を見初めました。彼女は、忠実な家臣ウリヤの妻で名をバテシバと言いました。ダビデはバテシバに魅了され、寝床に招きいれたので、女は子をはらみました。ダビデは、このことがウリヤにバレないよう一計を案じましたが、うまくことが運びませんでした。

 
そこで、ダビデは、ウリヤの上官ヨアブに命じて、ウリヤを戦闘の最も激しい最前線に送り、そこで彼を放置して、戦死させるようにしたのです。ヨアブは王の命令の通りに実行したので、ウリヤは敵に囲まれ、そこで討死しました。知らせを聞いたバテシバは夫の死を悲しみ、喪に服しました。喪が明けて、ダビデは早速に彼女を妻として迎え入れたのです。

 

預言者ナタンが告げた神様のことば

 
ダビデの拙速な行動に憤りを覚えた神様は、預言者ナタンを王の許に遣わし、叱責の言葉を告げました。預言者が穏やかに語り始めたのは、多くの羊や牛を所有しているにも関わらず、貧しい隣人から一匹の小羊を奪った金持ちの物語でした。金持ちの不正な行為に憤りを覚えたダビデに対し、ナタンは言います。「あなたがその人です。」(サムエル下12・7)

 
ナタンはこの金持ちの寓話を解き明かし、ダビデに主が下された裁きを告げます。

 
 「『あなたがわたしを軽んじてヘテびとウリヤの妻をとり、自分の妻としたので、つるぎはいつまでもあなたの家を離れないであろう』。主はこう仰せられる、『見よ、わたしはあなたの家からあなたの上に災を起こすであろう。』」(サムエル下12・10-11)

 
ダビデはすぐに自らの過ちを認め、ナタンに罪の告白をしました。それが詩編51篇に表わされた悔い改めの詩でした。ナタンはダビデを慰め、「主はあなたの罪を除かれたので、あなたは死ぬことはないが、生まれる子は必ず死ぬ」と告げて帰りました。

 
月満ちてバテシバがダビデのために生んだ子は、間もなく重い病気になりました。ダビデはその子のために、断食しながら涙ながらに祈りましたが、その祈りを神様が聞くことはありません。ナタンが告げた通りにバテシバが生んだ最初の子は死にました。

 
ダビデは、神様は語った通りにおこなわれることを改めて悟り、裁きのことばを深く受け止めたのです。

Category: 誌面説教