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聖書を味わおう♪78

<成和学生会報2016年9月号掲載>

 

聖なる都エルサレム

三千年の歴史を刻む聖なる都エルサレムは、ダビデが目を付けるまでは、異邦人エブス人の要害に過ぎませんでした。ダビデは、北部のイスラエルと南のユダとを結ぶ中間に位置するこの町を攻め落とし、南北イスラエル統合の中心として、統一王国の新しい都と定めました。
イスラエルに友好的なツロの王ヒラムは、材料と技術を提供して、ダビデの王宮を建設しました。ダビデもようやく王位に着いた実感が持てました。サムエルによって油を注がれた少年時代から、どれほどの歳月が流れたでしょうか。その間に、サウル王から疎まれ、殺されそうになりながら、敢えて敵の懐に飛び込んで生き延びてきました。辛い日々でも、ダビデは神様への信頼を決して失うことはありませんでした。
王宮に入ったダビデは、この国はまさに主なる神様が興された王国であることを実感しました。しかし、全国民がもろ手を挙げて歓迎するには、まだ何か足りません。ダビデはこの都が名実ともにイスラエルの聖都となるために、神の臨在を示す神の箱を迎えたいと願うようになります。
預言者サムエルが生きていた時代に、一度ペリシテ人に奪われた神の箱がイスラエルに戻されました。その時から神の箱は、エルサレムからおよそ15キロ離れたキリアテ・ヤリム(バアレ・ユダ)の町で守られてきました。

 

主の前で踊るダビデ

ダビデは三万人を選抜して神の箱を移すため、車に乗せて運び出しました。ところがこれはよい方法ではありませんでした。車が傾いて神の箱が倒れそうになったので、手で押さえた者は主の怒りに触れ、その場で撃たれました。
神の箱の移動は中断され、オベデエドムの家で3カ月間留まりました。その間、神の箱によく侍ったオベデエドム家の人々は祝福されました。これを見たダビデは、再び神の箱をエルサレムに迎える決意をしました。
律法に従い神の箱に仕える資格のあるレビ人を選び、身を清めてから、竿をもって肩に担いで運びます。その前には、歌を歌う者や手に立琴と琴とシンバルを持つ者たちが行列をつくり、声をあげ、音を奏で、ラッパや角笛を吹き鳴らして進みました。
ダビデは亜麻布のエポデを身に着けていましたが、神の箱の前では、肌もあらわに、力を込めて踊りました。そんな王の姿を見た妻ミカルは、心の中で彼を蔑みました。彼女は、主の前に立っているダビデの深い喜びを理解できなかったのです。
ダビデは、幼子の如く素直に神様の前に立つことができました。神様と真っ直ぐに向き合い、何の隠し事もせず、喜び悲しみを率直に報告することこそ賛美なのだと、ダビデは教えてくれます。神様と共にある喜びこそ、賛美の源となるのです。
ダビデは妻を諭して言いました。「わたしを選んで、主の民イスラエルの君とせられた主の前に踊ったのだ。わたしはまた主の前に踊るであろう」(サムエル記下6・21)
神の箱はエルサレムの幕屋に収められました。賛美の声が絶えないように家臣に命じたダビデは、自らも神の箱の前に侍り、感謝を捧げて歌うのでした。
「全地よ、主に向って歌え。日ごとにその救いを宣べ伝えよ。もろもろの国の中にその栄光をあらわし、もろもろの民の中にくすしきみわざをあらわせ。」(歴代志上16・23-24)

 

神のための家を建てたい

エルサレムは神の箱を迎えることで、聖都としての権威を帯びました。イスラエルの全国民が神の箱を慕い、聖都を仰ぎみる時、国は栄え、周囲の敵も退けられていきました。
ひと時の安息を得たダビデは、神の幕屋よりも自分の方が立派な家に住んでいることを心苦しく思い、神の箱を収める立派な神殿を建設したいと預言者ナタンに相談しました。ナタンは王の神様を思う心をくみ取って神殿建設を勧めました。
しかし、その夜、預言者に神のことばが臨みました。イスラエルを導いてきた主なる神様は、荒野でも幕屋に留まり、イスラエルの民の歩みによりそって歩んできた。今まで一度も立派な神殿を願ったことはない、と告げたのです。まだその時が満ちていなかったのです。
主なる神様は神殿建設を許可せず、未来に希望を残しました。ダビデ王の治世にイスラエルは繁栄し、子が後継者として立つときには、さらに発展することを約束します。堅固な国の基盤が整うその時に、「彼はわたしの名のために家を建てる。…わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となるであろう」(サムエル記下7・13-14)と王に告げました。
ダビデの心を見て喜ばれる神様はその後も永くイスラエルの民と共に歩まれることを約束されるのです。

Category: 誌面説教