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原理講論を読もう♪76

<成和学生会報2016年7月号掲載>

 

 

摂理的同時性の時代

 
今月からは原理講論の後編第三章『摂理歴史の各時代とその年数の形成』を学んでいこうと思います。いわゆる“同時性”と呼ばれている部分です。人類歴史に関して多くの歴史家が多様な歴史観を提示してきましたが、原理講論では神様の摂理を中心とした歴史観を解説してくれています。これまでの歴史観では説明しきれなかった内容を、原理講論では明らかにしています。
歴史を調べてみると、程度と範囲の差はあっても、過去のある時代に起こったこととほとんど同じような歴史が、その後の時代に反復されているということを発見できます。これまでの歴史観では歴史が繰り返されることは発見できましたが、その原因を解明することはできませんでした。ここでは同じような歴史が繰り返される原因、そして法則について学んでいこうと思います。
原理講論ではある時代がその時代の歴史路程とほとんど同じ内容を持って反復されることを“摂理的同時性の時代”と呼びます。この不思議な現象は全て神様の蕩減復帰摂理に起因しています。人類歴史はアダムとエバの堕落によって失った神様の理想世界を取り戻すために、復帰摂理を歩まねばならなくなりました。これまで学んできた通り、復帰摂理の目的を達成するためには“メシヤのための基台”を復帰する中心人物が信仰基台、実体基台を立てなければいけませんが、もしも中心人物が責任分担を果たすことができなかった場合、その人物を中心とした摂理の時代は終わりを迎えることになります。しかし神様のみ旨に対する予定は絶対的ですが、 人間に対する予定は相対的なので、たとえ中心人物が失敗したとしても他の人物を代身として立たせて新しい時代に復帰摂理をおこなうようになっています。そのためこの新しい時代は、その前の時代の歴史を蕩減復帰する時代となるので、自然と歴史が反復されるようになり、摂理的同時性の時代が形成されるようになるのです。

 

摂理歴史の延長

 
それでは復帰摂理はどこまで延長できるのでしょうか。神様が三数的な存在であるため、成長期間が蘇生、長成、完成の三段階になっているように、神様は三数を基本として創造されました。復帰摂理は神様のみ言による再創造なので、復帰摂理が延長される場合も三段階まで延長されるようになっています。例えばアダム家庭でカインとアベルが失敗した復帰摂理は、ノア家庭を経てアブラハム家庭まで延長されました。またアブラハムが供え物に失敗した際には、イサクを経てエソウとヤコブの三代まで延長して復帰摂理を成就したのでした。“三度目の正直”ということわざは、こうした原理的内容を生活の中から見出したものだと考えられます。

 

時代を越えて類似する復帰摂理

 

 

次に摂理的同時性の時代が類似性を持つことになる理由について考えてみましょう。“メシヤのための基台”に必要な信仰基台には中心人物、条件物、数理的期間が必要になります。数理的期間はサタン分立数(3数や40数など)に代表されるように、原理的に意味を持つ数が使用されることが多くなるため、時代ごとに代数や年数などが類似性を帯びるようになります。また実体基台では堕落性を脱ぐための蕩減条件を立てなければいけないため、似たような歴史の出来事が反復されるようになるのです。
また時代の中心人物は、それ以前の時代の縦的な蕩減条件を、当代で横的に蕩減復帰しなければいけません。それは復帰摂理が延長されればされるほど、加重される蕩減条件が大きくなることを意味しています。そのため同じ目的を果たそうとする復帰摂理であっても、その内容と範囲が変わってくるため、全く同じ歴史が繰り返されることはないのです。このように摂理を担当しながら責任を果たせなかったため、加重された条件を“縦的な蕩減条件”と言い、中心人物が一代で縦的な蕩減条件を復帰することを“横的な蕩減復帰”と言います。
横的な蕩減復帰の例を挙げると、アブラハムが三種の供え物を献祭したのは、アダム、ノア、アブラハムと三段階にわたって延長されてきた縦的な蕩減条件を、アブラハムの時代に横的に蕩減復帰するという目的があったからでした。またイエス様が十二弟子と七十人門徒を立てられたのは、十二子息と七十人家族を中心としたヤコブの路程と、十二部族と七十長老を中心としたモーセの路程を横的に蕩減復帰するためでした。最後に横的な蕩減復帰に関する真の父母様のみ言を紹介しようと思います。

 それでは、縦的な歴史を横的に蕩減するというのは、どういう意味でしょうか。今まで神様が摂理してきた路程において提示した蕩減条件がすべて失敗に終わったので、それらを横的に再現して蕩減することを意味します。家庭を中心として見れみれば、その家庭が現れるときまでのすべての蕩減条件と、その家庭自体がこれからの環境で立てるべき蕩減条件、この二つの分野において使命を連結しなければなりません。そのようにしなければ、新しく開放された私として、歴史的に勝利し、時代的に勝利した私として出発することができないのです。それが摂理の内容です。(み言に学ぶ統一原理後編 pp.235~236)

Category: 誌面説教②