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イスラエルの伝統を築いた人々 その⑥:サウル

<成和学生会報2016年2月号掲載>samuel_rebukes_saul

 

サウル、王の力を示す

サムエルによって油注がれ、王となったサウルでしたが、その実力はまだイスラエル全土に示されていませんでした。その頃、東からアンモン人が侵入し、辺境のギレアデに住む人々に降伏を迫りました。彼らはアンモン王ナハシの恫喝を怖れながらも7日間の猶予を願い、急ぎ窮状をイスラエル全土に知らせました。
敵の侵入に怯えるイスラエルの民は嘆き悲しむばかりでした。そんな民の姿を目にしたサウルに、神の霊が激しく臨みました。かつての士師のように、イスラエルの危機に際して毅然と立ち上がりました。預言者と一つとなって主なる神の意志を仰ぐサウルの下に、北イスラエルから30万人、南ユダから3万人が集結しました。サウルは彼らを率いてギリアデの救援に向かいます。
この知らせにギリアデの人々は喜び、「あすには降伏する」とアンモン人を油断させて援軍を招き入れました。翌朝早く、サウルは密かに敵陣を取り囲み、三方から攻め入って遂にアンモン人を撃ち破りました。
サウルはこの勝利によって、サウルが国を守る強い王であると誰もが認めるところとなりました。この機にサムエルは、イスラエルの民をことごとくギルガルに集めて、サウル王即位の酬恩祭を捧げ、祝宴を開いたのです。

 

サムエルの説教

この時サムエルは、士師としての使命が終わり、主なる神のことばを王に伝える預言者としての自覚を持ちました。彼は生涯、民を欺くことなく不正を犯さず主に従って清廉潔白に生きてきたこと明言したうえで、イスラエルの王と国民に戒めを告げました。
 「主はあなたがたの上に王を立てられた。もし、あなたがたが主を恐れ、主に仕えて、その声に聞き従い、主の戒めにそむかず、あなたがたも、あなたがたを治める王も共に、あなたがたの神、主に従うならば、それで良い。しかし、もしあなたがたが主の声に聞き従わず、主の戒めにそむくならば、主の手は、あなたがたとあなたがたの王を攻めるであろう。」(サムエル記上12・13-15)
虚しいものに惑わされず、主なる神にのみ従うよう諭したサムエルは、民のために彼らがこれ以上過ちを犯さないように祈ることを約束しました。

 

 

サウル王の過ち

名実ともにサウルが王位に就き、イスラエルは盤石になったかに見えました。周辺の敵国をことごとく打ち破り、向かうところ敵なしでした。しかし、内実はそうでもなかったのです。
そもそも預言者サムエルは、王制に懐疑的で、サウル王に従順に仕えるどころか、一定の距離を置き冷静に見ていました。サウル王の判断も時に揺れ動き、主なる神の思いに立ちきれません。息子ヨナタンや部下の判断に助けられて勝利した戦いもあったのです。
小さなほころびもいつか破れます。そして遂に、サウル王が決定的な過ちを犯すことになったのです。その日、サムエルがサウル王に主のことばを伝えました。
 「今、行ってアマレクを撃ち、そのすべての持ち物を滅ぼしつくせ。彼らをゆるすな。男も女も、幼な子も乳飲み子も、牛も羊も、らくだも、ろばも皆、殺せ」(サムエル記上15・3)
出エジプトの時、モーセとイスラエル人が約束の地に向かう途上、彼らを脅かし行く手を阻んだことがその預言の理由でした。この時代、選民の中にサタンの侵入を許さない神様は、峻厳な分別を迫りました。
サウル王は、主のことばに従ってアマレク人を撃ち、その王アガダを生捕りました。ところが、油断したサウル王はアガダを処刑せず、肥えた家畜も戦利品に加え、その中から主への捧げ物にしようとしたのです。

 

主なる神のなげき

サウル王は主のことば通りに実行したつもりで意気揚々と引き上げ、勝利に酔っていました。しかし、神様の思いは違いました。
 「わたしはサウルを王としたことを悔いる。彼がそむいて、わたしに従わず、わたしの言葉を行わなかったからである」(サムエル記上15・11)とサムエルに伝えます。
サムエルもサウルに怒りを覚え、主と共に嘆きました。そして、王に向かって厳しい裁きを通告しました。
 「主はそのみ言葉に聞き従うことを喜ばれるように、燔祭や犠牲を喜ばれるであろうか。見よ、従うことは犠牲にまさり、聞くことは雄羊の脂肪にまさる。そむくことは占いの罪に等しく、強情は偶像礼拝の罪に等しいからである。あなたが主のことばを捨てたので、主もまたあなたを捨てて、王の位から退けられた」。(サムエル記上15・22-23)
サウル王は、主のことばに悔い、許しを請いましたが、もう後の祭りです。サウル王とサムエルの間は引き裂かれました。主なる神は彼を離れ、サムエルもその後、二度とサウルに会うことはありませんでした。

Category: 誌面説教