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原理講論を読もう♪71

<成和学生会報2016年2月号掲載>7809-2edi

サタンと戦い勝利されたイエス様

先月号では荒野においてイエス様が受けられた三大試練について学びました。イエス様は40日の断食をおこなわれた後に、サタンから「石をパンに変えるように」、「宮から飛び降りるように」、そして「(サタンに)ひれ伏すように」という誘惑を受けました。イエス様はこの誘惑に対して聖句を引用しながら退けられたのでした。イエス様がどうして聖句を引用されながら答えられたのかということについては様々な意見がありますが、最も納得できる答えとしては、イエス様がイスラエル民族を代表している人物だということを読者に印象付けるためだったということです。
イエス様が引用された聖句は、モーセによって導かれたイスラエル民族が荒野路程を歩んでいる時代を描写した申命記の聖句です。イスラエル民族の象徴的な指導者であったモーセの聖句をイエス様が引用することで、イエス様こそがイスラエル民族の唯一無二の指導者であり、救世主であることを強調する目的があったのではないかと考えられています。また、サタンから食べ物の誘惑を受けるというストーリーは、創世記の最初の物語であるアダムとエバの失楽園のストーリーと酷似しています。アダムは誘惑に負けて善悪を知る木の果を食べることで堕落してしまいましたが、イエス様は40日の断食の後にも関わらずサタンの誘惑を退けられました。こうしたストーリーの酷似からも、イエス様は第二のアダム(第二の人間始祖)であり、アダムよりも優れた真実の神の子であることを聖書では強調していることが分かります。キリスト教では、荒野での三大試練はイエス様の公生涯の出発点であり、サタンを退けるメシヤ性が現れている輝かしいできごとと捉えています。しかし、本来は洗礼ヨハネが責任分担を果たしていれば、イエス様はこうした試練受ける必要もなかったのでした。三大試練に関するお父様のみ言を引用します。
 イエス様が40日間断食をしたのち、サタンにもてあそばれ、そのサタンが提示した様々な条件の試練を受ける悲しみの時間は、そもそも民族が受けるべき試練期間でなければならなかったのですが、むしろイエス様の悲しみとして引き継がれたのです。このようなことを考えると、イエス様はその民族を断ち切り、恨み、呪うべき立場であったにもかかわらず、ご自身の空腹の身を起こし、天の心情をつかんで、民族のためにサタンと戦われたのです。(イエス様の生涯と愛P165)
このように、イエス様は荒野での試練を勝利することで、洗礼ヨハネの立場で第二次世界的カナン復帰のための信仰基台を蕩減復帰することができました。またイエス様の40日間の断食は、それまでの復帰歴史の全ての40日サタン分立基台(例えばノアの洪水審判40日、モーセの3度の40年分立路程(パロ宮中、ミデヤン荒野、出エジプト後の荒野路程)、カナン偵察40日など)を横的に蕩減復帰することができたのです。こうした条件を勝利されたことで、イエス様は信仰基台を復帰すると同時に、堕落性を脱ぐための世界的蕩減条件を立てるアベルの位置を確立することができたのでした。

 

公的路程の出発

こうして荒野での三大試練を勝利したイエス様は、その後公的路程を出発されます。皆さんもご存知だと思いますが、イエス様の公的路程における最大の特徴は数々の奇跡をおこなったことでした。目の見えない人に光を与え、歩くことができない人の足に歩く力を与え、死者に命を与えたりもしました。時には、イエス様の服のすそを掴んだだけで病気が治るという信じられない奇跡を起こし続けました。こうした奇跡に、多くの人々が一目イエス様を見ようとイスラエル全土から押し寄せました。しかしイエス様がイスラエル民族に与えたかったのは、その場限りの肉的な救いではなく、霊的な永遠の救いを与える真実のみ言にありました。イエス様は多くの人が信じ、従うことができるよう多くのみ言を語りました。しかし当時のユダヤ教の指導者たちは、イエス様に従う民衆が増えていくことを快く思いませんでした。そこでイエス様が語るみ言に関して、律法学者たちをはじめユダヤ教の指導者たちは無理難題を投げかけます。イエス様とユダヤ教指導者の有名なやり取りが聖書には紹介されています。
 そのときパリサイ人たちがきて、どうにかしてイエスを言葉の罠にかけようと、相談をした。…「カイザルに税金を納めてよいでしょうか、いけないでしょうか」イエスは彼らの悪意を知って言われた。「偽善者たちよ、なぜわたしをためそうとするのか。・・・カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」(マタイ22・15-21)
パリサイ人はイエス様に、イスラエル民族を支配するローマ帝国に税金を納めることが正しい行為であるか否かを尋ねたのでした。もしもイエス様が、カイザルに税金を納めるべきだと答えれば、イスラエル民族の独立性を無視した愛国心のない者として非難を受けたでしょう。逆に、税金を納めるべきではないと答えたならば、ローマ帝国に反逆する者として告発されたに違いありません。こうした答えようのない質問を投げかけてられたとしても、イエス様はその度に律法学者たちの知恵を超えた返答をすることで彼らを退けられました。しかしユダヤ教指導者たちは、イエス様を最後まで不信し、民衆もそれに従っていくようになりました。

Category: 誌面説教②