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原理講論を読もう♪69

<成和学生会報2015年12月号掲載>SCAN_20151203_160122600edi

 

イエス様と洗礼ヨハネの出会い

先月号は洗礼ヨハネの使命について学びました。洗礼ヨハネはメシヤを迎える前に現れる預言者エリヤの再臨であり、メシヤの社会的基盤を準備すべく、イスラエル民族をメシヤに連結する使命を担っていました。洗礼ヨハネはイスラエル民族からメシヤではないかと噂されるほど信望を受けており、その名声はイスラエル全土に響いていました。それは洗礼ヨハネが通過した過酷な荒野での修行のせいでもありましたが、祭司長ザカリヤの息子であるという名門の出であることも、彼の名を上げる大きな要素となりました。このように社会的影響力を持った洗礼ヨハネがすべきことは、イエス様こそメシヤであるとイスラエル民族に証することでした。それは当時誰よりもイスラエル民族の尊敬を集めていた洗礼ヨハネにしかできない、大切な使命でした。
ヨルダン川で人々に洗礼を授けていたヨハネのもとにイエス様は現れ、そして自分にも洗礼を授けるよう頼みます。しかしメシヤであるイエス様が、罪の赦しを意味する洗礼を受けるというのもおかしな話です。洗礼ヨハネはそのことを十分に分かっていたため「わたしこそあなたからバプテスマを受けるはずですのに、あなたがわたしのところにおいでになるのですか。」と問いかけました。しかしイエス様は「今は受けさせてもらいたい。このように正しいことを成就するのは、われわれにふさわしいことである」と答え、ヨハネの洗礼を受けると、次のような現象が起きました。「天が開け、神の御霊がはとのように自分の上に下ってくるのを、ごらんになった。また天から声があって言った、これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」(マタイ3・16)
このようにイエス様と洗礼ヨハネの最初の出会いは劇的に描かれています。メシヤであるイエス様がヨハネの洗礼を受けたのは、他の人々のように罪の赦しを受けるためではなく、洗礼ヨハネの基盤を相続するための象徴的な行動でした。イエス様が“今は”という言葉を使ったのも、洗礼ヨハネの基盤相続のための限定的な行動であることを示すためでした。また“われわれ”という単語も、イエス様お一人で摂理をされるのではなく、これから洗礼ヨハネと一体となり、共に勝利していこうという隠れたメッセージだったのです。 第一次世界的カナン復帰路程の中心人物だった洗礼ヨハネは、この機を逃さずにイエス様を人々に証します。「見よ、世の罪を取り除く神の子羊。わたしのあとに来るかたは、わたしよりもすぐれたかたである。わたしよりも先におられたからである、とわたしが言ったのは、この人のことである…わたしは御霊がはとのように天から下って、彼の上にとどまるのを見た…わたしはそれを見たので、この方こそ神の子であると、あかしをしたのである」(ヨハネ1・31-34)このように洗礼ヨハネは群衆の前でイエス様が神の子、メシヤであることを証します。

 

洗礼ヨハネの不信

しかし不思議なことに、メシヤを証した洗礼ヨハネはその後、イエス様についていくことはありませんでした。次に出てくる聖書の記述によれば、洗礼ヨハネはユダヤの王を批判した罪で投獄され斬首されてしまいます。なぜ洗礼ヨハネはメシヤであるイエス様と行動を共にしなかったのでしょうか。イスラエル民族にイエス様こそメシヤであると証して、真っ先に自らがイエス様の弟子となることが、中心人物である洗礼ヨハネの責任でした。
しかし残念ながら、洗礼ヨハネはメシヤを証した後にイエス様を不信してしまいます。洗礼ヨハネは牢獄に入った後、弟子を通してイエス様に次のように質問しています。「来るべきかたはあなたなのですか。それとも、ほかにだれかを待つべきでしょうか」洗礼ヨハネが問いかけた“来るべき方”とは間違いなく自分が従うべきメシヤを意味していました。洗礼ヨハネは一度イエス様を証したものの、その信仰は長く続きませんでした。この問いかけにイエス様は悲しげに、次のように答えています。「行って、あなたがたが見聞きしたことを、ヨハネに報告しなさい。盲人は見え、足なえは歩き、らい病人はきよまり耳しいは聞え、死人は生きかえり、貧しい人々は福音を聞かされている。わたしにつまずかない者は、さいわいである」(ルカ7・22-23)
こうして洗礼ヨハネがイエス様を不信することにより、ヨハネを信望する全てのイスラエル民族もイエス様を不信する結果となりました。このように洗礼ヨハネは実体基台を立てるためのアベルの位置を離れる結果(イエス様を不信するサタンの立場)となり、イスラエル民族も“堕落性を脱ぐための世界的蕩減条件(洗礼ヨハネを通じてイエス様に連結されること)”を立てることができなかったため、第一次世界的カナン復帰路程は失敗に終わりました。最後に、なぜ洗礼ヨハネはイエス様を不信してしまったのでしょうか。それは理性的な判断ではなく、自己中心的な感情を克服することができなかったからだとみ言では説明しています。
 洗礼ヨハネはヨルダン川で洗礼を与えるとき、イエス様のことを”神の子羊“と言い、聖霊が鳩のように臨んだので、間違いなくメシヤであることを知って証したのですが、よく考えるとイエス様はそのような人ではないと思えたのです。イエス様の族譜(家系)を洗礼ヨハネはすべて知っていたのです。彼の父は誰かということを知っていたのです。「そんな人がメシヤにはなれない」と否定せざるを得なかったのです。(イエス様の生涯と愛P132)

Category: 誌面説教②