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愛人 ~家族の和合~

<成和学生会報2015年12月号掲載>200402150107-2

 

父母を愛する

真の子女とは、どのような子女でしょうか。真の父母の愛の前に永遠無窮に父母を愛し、また愛があふれ出る、愛の心をもった子女です。そのような立場が真の孝子の立場です。


天国に残れる子女とは、どのような子女でしょうか。父母の愛に対する借りを、自分自身が返さなければなりません。父母が年を取ったときには、自分が幼い時に下の世話をしてくれた父母のことを思い出し、父母に仕えてこそ孝子になれます。
孝子とは何でしょうか。孝子は、父母の悲しみに、代わって責任をもつために、困難な場を探していって責任を果たすことにより、父母に喜びを捧げる人です。父母が10の仕事をするときに、子供が15ほど努力をしたならば、父母は5の分の喜びを感じるようになります。そのような分野をどのように補充して、父母のために捧げられるかを考えながら努力する人が孝子です。
孝の道を行く人は、自分の生活の中で良いことがあれば、まず父母のことを思います。自分の妻に服を着せようと思えば、まず父母にして差し上げなければなりません。それまでは、自分の妻にも着せることはできないのです。その妻も、自分の夫が父母にしてあげていないにもかかわらず、「これが気に入ったので、あなたが私を愛しているなら、一つ買ってください」と言うことはできません。
男性たちも同じように、自分が服を買って着ようと思えば、まずは父母に買って差し上げてから自分が着て、妻にも着せてあげなければなりません。ご飯を食べるときも、父母に侍って食べなければなりません。お粥を食べて暮らしていたとしても、そのような心をもたなければならないのです。父母に侍る生活をしなければなりません。

 

兄弟を愛する

兄弟愛というものは、世界愛と通じるのです。たくさんの兄弟が育つ家庭は、世界の人類を抱き、理想的な天国、地上天国と天上天国をつくるモデルのようなものです。
兄弟が多ければ、御飯を食べるにしても、一つの器で二人が分け合って食べなければなりません。御飯が一つしかないと言って喧嘩をするのではないのです。兄弟が多くて生活が大変でも、「私がひもじい思いをしても分けてあげなければ、弟にあげなければ…」と、このような愛の心をもつようにするのです。
父母は子女に対して、自分より兄弟をもっと愛することを願います。自分の父母に対して孝行したいといいながら、兄弟同士が争うようになれば、その孝行は成立しないのです。ですから、父母の心は、自分が尽くされるよりも、兄弟同士もっと「ために生きてあげる」ことを願うのです。兄弟を父母以上に愛そうとする人は、天国の境界線の中に永遠に住める人です。
兄弟を父母と同じように愛せない人は、これから外れるのです。父母の前に孝行できない、そのような立場に立ったのなら、父母のために精誠を尽くせない分、父母の代わりに兄弟のために与えなさいというのです。そうすれば、父母に孝行した以上のこととして、天は受けてくださるのです。そのような人は、必ず祝福されるのです。
父母は、子女たちが自分のために生きてくれるよりも、もっと兄弟同士で互いにために生きてくれることを願うのです。これが本当の父母の願いであることを、私たちは知っています。ですから、真の兄弟は、自分を中心として自分のために生きるところにいるのではなく、自ら「ために生きよう」とする兄弟の間に、真の兄弟と、愛の兄弟と、幸福の兄弟と、平和の兄弟が設定されるのです。

【愛天愛人愛国P.71-84より抜粋・編集】

Category: み言の学校