Subscribe via RSS Feed

イスラエルの伝統を築いた人々 その5:サムエル②

<成和学生会報2015年11月号掲載>img_1

 

イスラエル民族の敗北

サムエルが預言者として立てられた時、それまでイスラエル民族を率いた祭司エリの家系は、その子らの過ちのために没落の途をたどることになります。
主のことばがサムエルに臨んだので、イスラエル民族は戦いの好機とみました。彼らは勇んで外敵ペリシテ人との戦いに臨みました。しかし、イスラエル民族を迎え討ったペリシテ人は、急きょ陣営を整えて防戦しイスラエルに大きな痛手を負わせました。
思わぬ敗北を帰したイスラエルの長老たちは、契約の箱を担ぎ出せば如何なる軍勢も力及ばず勝利は間違いないと考え、それを陣営に迎えることにしました。神の契約の箱に仕えていた祭司エリの息子、ホフニとピネハスがこれを戦場に移したのです。
神の契約の箱を迎えたイスラエルの陣営では、地が鳴り響くほどの歓声があがりました。誰もが勝利を確信したからです。それを知ったペリシテ人は非常な怖れを抱きながらも、覚悟を決めて互いを鼓舞しながら、力の限り戦いました。イスラエル民族はこの戦いにも敗北し、3万人が戦死しました。
この戦いの中、エリの息子たち2人は死に、さらに不幸なことに、神の契約の箱までもペリシテ人に奪われてしまったのです。

 

栄光はイスラエルを去った

イスラエル敗北の知らせは、急ぎエリのもとに届けられました。多くの兵士が死に息子たちも死んだことよりも、神の箱が奪われたことは、エリには余りにも大きな衝撃だったようです。彼は椅子から転げ落ち、首の骨を折って死んだのです。
また、エリの息子ピネハスの妻は、臨月を迎えていましたが、次々に届く悪い知らせに動揺して陣痛が始まり、男の子を産みました。彼女にとって、母となった喜びよりも民族の精神的支柱が崩れた悲しみの方がよほど大きかったかようです。「栄光はイスラエルを去った」(サムエル記上4・21)と嘆きのことばを繰り返しました。
契約の箱に臨在される方こそ、力ある業とみ腕をもってイスラエル民族をエジプトから導き出した主なる神様です。この間、そのことを思い起こし、怖れを抱いたのは、皮肉なことにペリシテ人の方でした。選民イスラエルは、傲慢になり、神様はいつでも自分たちが窮地に陥れば救うものだと思い込み、そのみ意を尋ねることを忘れてしまったのです。

 

ペリシテ人を襲う災難

ペリシテ人は、神の箱をぶんどってみたものの、その取り扱いに困っていました。アシドト地方に運び込み、その神殿に仮安置したところ、翌日には、彼らの神の像が倒壊してしまいました。さらに、その地方に腫れ物が蔓延して人々を悩ませました。神の箱を転々と移動させますが、行く先々で腫れ物が流行し、大騒動になるばかりでした。これこそイスラエルの策略で、ペリシテ人を滅ぼすために送り込まれたのではないか、とまで考えるようになりました。
そこで、ペリシテの指導者は神の箱をイスラエルに送り返すことに決めました。祭司や占い師の忠告に従い、更なる禍を恐れて、償いの供物を添えることにしたのです。神の箱と供物を乗せた荷車を二頭の雌牛に縛りつけて放つと、雌牛は迷うことなくまっすぐイスラエルの領域に進んで行きました。これを見届けたペリシテ人は、ようやく安堵して帰ったのです。

 

神の箱の帰還

神の契約の箱が戻って来るのを見たベテシメシの人々は、非常に喜びました。彼らは、神の箱を傍らの巨石の上に安置し、雌牛はさばいて燔祭として捧げました。しかし、中には、神の箱の帰還を心から喜ばない者たちがいたようです。彼らは、よこしまな思いを抱いて箱を見、これを軽んじたので打たれました。
ベテシメシの人々は「だれが、この聖なる神、主の前に立つことができようか」(サムエル記上6・20)と嘆き、神の箱が相応しい地に送られることを願いました。
その後、神の箱はキリアテ・ヤリムに移されました。そこでアミナダブの子エレアザルが神の箱を守る使命を与えられ、長くこれを守りました。
「その箱は久しくキリアテ・ヤリムにとどまって、二十年を経た。イスラエルの全家は主を慕って嘆いた。」(サムエル記上7・2)
こう聖書が記す通り、イスラエル民族は、再びその心を主なる神に向けて祈るようになります。その期にサムエルは宗教改革を断行するのです。
 「もし、あなたがたが一心に主に立ち返るのであれば、ほかの神々とアシタロテを、あなたがたのうちから捨て去り、心を主に向け、主にのみ仕えなければならない。」(サムエル記上7・3)

Category: 誌面説教