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私たちの幸せを願われる神様

<成和学生会報2015年11月号掲載>

田中部長

これまでの歩み

全国の愛する成和学生の皆さん、こんにちは!
現在7地区で成和部長をしている田中と言います。私は大学2年生の時にCARPで伝道され、2014年2月まで約16年間CARPで公務をしていました。
その後、岐阜教区の成和青年・成和学生部長として約1年間歩み、現在は7地区で成和部長をしています。
私が成和学生と接するようになってからまだ2年も経っていませんが、成和学生の皆さんから、“天に対して純粋で真直ぐな心情姿勢”や“兄弟姉妹の心情文化”など、日々多くのことを学ばせていただいています。

 

私たちを導かれる神様

今回は、信仰姿勢について成和学生の皆さんにメッセージをお伝えできればと思います。まずは、お父様のみ言を紹介します。
「無条件に天の前に捧げ、み意のままに任せる心が必要である。神様は私の父であるので私がいなければならない所を一番よく知って、私が一番幸福になり、満足を感じ得る場所に私を導かれる。」(み旨の道P195)
原理講論『緒論』の最初にはこう記されています。
「復帰摂理とは、堕落した人間に創造目的を完成せしめるために、彼らを創造本然の人間に復帰していく“神の摂理”をいうのである。」
復帰摂理の主人は私ではなく、神様であると明確に記されています。私たちは幸せを掴もうと一生懸命努力していますが、実は私たちの人生の多くは自分で選択しているようで、その大部分は神様によって与えられている環境なのです。原理講論P241には次のように記されています。
「神が創造目的を復帰されるみ旨を予定されるにあたって、どの程度にまで予定されて摂理なさるのだろうか。神は唯一であり、永遠であり、不変であり、絶対者であられるので、神の創造目的もやはりそのようにならざるを得ない。したがって、創造目的を再び完成させようとする復帰摂理のみ旨も“唯一”であり、“不変”であり、また”絶対的”でなければならない。それゆえ、このみ旨に対する予定も、また“絶対的”であることはいうまでもない。」
復帰原理を学べば、そこには“○○家庭を中心とする復帰摂理”という内容が出てきますが、実は、私たち一人ひとりに対しても神様は同じように復帰摂理をなさっているのです。私たちに創造目的(三大祝福)を成就させようと一人ひとりを導いてくださる神様がいるということです。そして、神様の私たちを幸せに導くというみ旨(計画)は、唯一であり不変であり絶対だということです。そこには、「お前を絶対に幸せにする!」と決意され、私たちを導いておられる神様がおられます。そして神様の私たちに対する摂理は唯一であるということ。つまり神様の私たちに対する“幸せ計画”は一人ひとりオーダーメイドで準備され、隣の兄弟姉妹と同じではないということです。

 

幸せを願うがゆえの試練

私が一番幸福になり、満足を感じ得る場所に私を導いていく、私だけの神様の摂理があるのです。では、“なぜ自分の人生は試練や困難、失敗の連続なのか”と思う人もいるかもしれません。原理講論P240には次のようにも記されています。
「神はどこまでも、このみ旨を善として達成されなければならないのであって、悪として予定して成就し給うことはできない。なぜならば、神は善の主体であるので、創造目的も善であり、したがって、復帰摂理の目的も善で、その目的を成就する“み旨”もまた善でなければならないからである。ゆえに、神は創造目的を成し遂げるのにそれに対して反対になるとか、障害となるものを予定なさることはできない。」
私たちは、“なぜ自分にだけこんな試練や困難が与えられるのか”と思うことがあります。自分を中心としてみれば感謝できない環境かもしれません。では、神様は私たちを苦しめたくてそのような環境を与えられるのでしょうか?違います。
“かわいい子には旅をさせろ”とよく言いますが、親は子供の成長と幸せを願うがゆえに、時に試練や困難を与えるものです。その環境を通して何かを学ばせたい、悟らせたい、成長させたい親なる神様がいるのです。
堕落人間にとって神様を発見することは容易なことではありません。放っておけば自己中心的になっていきます。しかし神様は確実に生きて、私たち一人ひとりを幸せへと導いておられます。与えられる環境に意味のないものは一つもありません。その環境の背後には、私たちの幸せを願い、私たちを導いてくださる神様がおられるのです。
すべては神様の愛です。日々の生活の中で私を幸せに導いておられる神様を感じながら歩んでいきましょう!

Category: 二世へのMessage