Subscribe via RSS Feed

原理講論を読もう♪67

<成和学生会報2015年10月号掲載>SCAN_20150924_125107190

 

イエス様出生の摂理的な理由

先月号はイエス様の幼少期について勉強しました。神の子として、救世主として生まれたイエス様でしたが、その家庭の中では十分な愛を受けることができませんでした。本来であればヨセフを中心とした家庭がイエス様の公的路程の基盤となり、社会、国家へと進む道のりを作らなければいけなかったのですが、残念ながらヨセフはその責任を果たすことができませんでした。その最も大きな理由は、イエス様がヨセフの子供ではなかったことです。天使の啓示を受けたヨセフは、婚約中に妊娠したマリアを受け入れましたが、生まれてきたイエス様を受け入れることはできませんでした。それではマリヤは誰の子供を妊娠したのでしょうか?今月号は婚約者であるヨセフを騙してイエス様を妊娠しなければいけなかった摂理的な理由を考えてみたいと思います。
マリヤは天使の啓示によって神の子を身籠ることを悟ります。そして天使の啓示を受けたマリヤが向かったのはヨセフの所ではなく、当時祭司長を務めていたザカリヤの家でした。祭司長ザカリヤの妻はエリサベツといい、マリヤの従姉妹にあたりました。聖書にはマリアがザカリヤの家を訪ねた場面をこのように記述しています。
 そのころ(啓示を受けた後)、マリヤは立って、大急ぎで山里へ向かいユダの町に行き、ザカリヤの家にはいってエリサベツにあいさつした。エリサベツがマリヤのあいさつを聞いたとき、その子が体内でおどった。エリサベツは聖霊に満たされて、声高く叫んで言った、「あなたは女の中で祝福されたかた、あなたの胎の実も祝福されています。主の母上がわたしの所に来て下さるとは、なんという光栄でしょう…」…マリヤは、エリサベツのところに3カ月ほど滞在してから、家に帰った。(ルカ福音書1・39-56)
このようにマリヤはザカリヤの家に3カ月滞在した後、妊娠しました。もちろん聖書にはマリヤがザカリヤの子供を妊娠したとは一言も書かれていません。しかし聖書を記述した人は間違いなく、イエス様の父親を暗示して書いたのでした。お父様はみ言でこのように語っています。

 マリヤはイエス様をザカリヤの家庭で懐胎しました。エリサベツとマリヤの間柄は母方のいとこの関係でしたが、摂理上では姉(カイン)と妹(アベル)の関係でした。ザカリヤの前でエリサベツの助けを受けたマリヤは、レアとラケルがヤコブの家庭で母子が一体になれなかったことを、国家的基準でザカリヤ家庭を通して蕩減する条件まで立てながら、イエス様を誕生させなければなりませんでした。(み言に学ぶ統一原理P185)

 

ザカリヤ家庭の使命

そしてマリヤがイエス様を妊娠するためには何よりもエリサベツの協力が不可欠でした。なぜかというとザカリヤはエリサベツの愛する夫だったからです。またザカリヤは祭司長という社会的地位もあったため、マリヤとの関係をエリサベツが容認しなければ、ザカリヤも危うい立場にありました。自分の愛する夫が違う女性と関係を持つということは一般的には考えられませんが、エリサベツは摂理的な意味を理解し、レアとラケルがヤコブを中心に争った失敗を繰り返すことなく、マリヤがザカリヤと関係を持つことを許容したのでした。その証拠に彼女はマリヤに向かって「主の母上がわたしの所に来てくださるとは、なんという光栄でしょう」と話しかけたのでした。
マリヤがザカリヤの家庭を訪問した時、エリサベツは洗礼ヨハネをお腹に宿していました。洗礼ヨハネは成人した後に人々からメシヤではないかと間違われるほど、民衆から慕われ尊敬を集める人物となりましたが、ザカリヤ家庭の本来の使命はイエス様を保護する基盤をつくることでした。祭司長というザカリヤの社会的地位、民衆から慕われる洗礼ヨハネの信仰と指導力、これらは全てメシヤであるイエス様を支えるために神様が準備されたものでした。しかし聖書にはマリヤが3カ月後にザカリヤの家から帰ったと記述されています。ザカリヤとエリサベツがイエス様を大切に守ろうと考えていたならば、マリヤを一人で帰すようなことはしなかったはずです。なぜならばマリヤが一人で家に帰るということは彼女が姦淫したことを、そしてイエス様が私生児になることを意味していたからです。

 

 もしザカリヤとエリサベツが神様の啓示と霊的な恩恵のもとで、初めに持った絶対的な信仰を持ち続けていたなら、状況は全く違っていたことでしょう。かれらが責任を果たしたならば、マリヤは3カ月後にその家を出たとしても、継続的に彼らと行き来し、相談したはずです。ザカリヤ家庭は、イエス様の誕生ののちにも、地を代表して最も先頭に立ってメシヤを保護し侍りながら、証すべき人々として神様が選んだ家庭です。彼らはイエス様を神様の息子として、メシヤとして、この上ない精誠を込めて侍るだけでなく、イエス様を通して神様のみ旨を受け、絶対的に従うべきでした。(み言に学ぶ統一原理P188 )

 

こうしてザカリヤ家庭からも保護を受けることができなかったイエス様ですが、神様のみ旨を成就するためにたった一人で公的路程を出発することになります。

Category: 誌面説教②