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愛国~万物を愛する~

<成和学生会報2015年10月号掲載>5_12-1

 

聖塩で清める

 

真の父母がこの地に現れて、サタン世界に染まり、サタン世界の支配を受け、関係を持っていたものに接することはできません。神様はその痕跡も願われないのです。ですから、すべて燃やしてしまわなければならないのですが、そうすることはできないので、これを神側の所有物にするための一つの方法として立てたものが聖塩です。聖塩で聖別することによって、燃やされて残ったものを、天が新しいものとして受け継いで使用するのです。これが聖塩です。
ものを購入した時に聖塩で聖別し、外出して家に戻ってきたときも、入り口の所で自分を聖別するのが原則です。
アダムを造っておいて、鼻に命の息を吹き入れて実体の新しい生命を誕生させたのと同じように、これからは、水を飲んだりご飯を食べたりする時には、息を吹きかけ、聖別して食べなければならないのです。心で常に、そのような聖別式をしなければなりません。
どこかに行って座る時、心の中で「フー、フー、フー」と3回息を吹く条件を立てて座るのです。聖塩をまかなければならないのですが、心の中で「フー、フー、フー」と3回吹くのです。それは、聖塩を3回まくことを意味します。

 

食べ物を愛する

ご飯を食べる時、豚のように、祈りもできず、感謝する心がないままで食べてはいけません。それはすべて、生き物を殺して作った祭物なのです。
神様を愛する前に、皆さんの足元から、皆さんが食べる食べ物を愛さなければなりません。物質を愛し、万物を愛し、皆さんの体を愛さなければなりません、愛した物を食べて育った体も愛さなければならないのです。小さなところから大きなところまで万物を愛することによって、万物の要素を吸収し、私の体を愛するようになるのです。
私はいつも空腹でしたが、いくらお腹が空いても、自分のために食べることはしませんでした。ご飯を食べるときには、はっきりした理由がなければならないと考えました。それで、食事のたびに、お腹が空いた理由を自らに問い正してみました。「本当に血と汗を流して働いたのか。私のために働いたのか、それとも公的なことのために働いたのか」と尋ねてみました。ご飯を前にするごとに、「おまえを食べて、きのうよりももっと輝いて、公的なことに取り組もう」と言うと、ご飯が私を見て、笑いながら喜んだのです。そんなときは、ご飯を食べる時間がとても神秘的で楽しい時間でした。

 

感謝して食べる

涙を流し、愛する心をもって食べ物に対するとき、その食べられる食べ物は、「ついにあなたの血肉になり、力になり、神様を愛し得る元素に私が吸収される、このような驚くべきことに感謝します」と言い、早く口に入っていこうと考えるのです。
牛肉を食べるとすれば、「この牛肉は、子牛の時から母親が愛し、主人が愛して育てた愛の結実だ」と考えなければなりません。愛の結実を吸収して生きていることを感謝して食べる人は、病気になりません。そのように感謝して食べると、食べる物が全て薬になるのです。食べる物が「あなたの体の中の悪い要素を、私が入っていってすべて食べてあげます」と言うのです。

【愛天愛人愛国p59-63より抜粋・編集】

Category: み言の学校