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原理講論を読もう♪66

<成和学生会報2015年9月号掲載>S__7028742-1edi

 

マリヤの懐妊

先月号ではイエス様の誕生について学びました。神様のひとり子として誕生したイエス様でしたが、まるで人目を避けるように馬小屋でお生まれになりました。それはヨセフという婚約者がいたにも関わらず、天使からの啓示を受けたマリヤが結婚前にイエス様を懐妊したことから始まりました。愛する婚約者が他の男性との間に子供をつくったことに大きなショックを受けたヨセフですが、天使の啓示もあり、お腹の子供を自分の子供であると周囲の人々に証言します。

 

 マリヤのお腹が膨らんできて、周囲の人たちも妊娠したことが分かるようになりました。その時、ヨセフが「自分は知らないことだ」と言えばどうなったでしょうか。ヨセフは神様の啓示を信じ、妊娠が自分の責任であると擁護した義人でした。これによってマリヤは婚約期に妊娠したという嘲笑は浴びたとしても、石で打たれて死ぬことはなかったのです。(み言に学ぶ統一原理 P187)

 

愛する女性が違う男性によって身ごもった子供を「自分の子供だ」と言うことは決してたやすいことではありませんでした。胸が張り裂けるような自己否定によって神様の摂理を優先したヨセフの行動は間違いなく“義人”たる行動でした。しかしこのヨセフの行動は愛してやまない婚約者マリヤのためであり、お腹の中のイエス様のためではありませんでした。ヨセフはイエス様が神様の子供であると頭では分かっていても、心の底から受け入れることができなかったのです。

 

 

イエス様の青少年期

こうした誕生の経緯から、イエス様の青少年期は決して幸せなものではなかったと推測されます。イエス様の誕生後、ヨセフとマリヤは結婚して子供を産んでいます。ヨセフがイエス様よりも実子に愛を注ぐのは自然なことでしたし、母親であるマリヤも、婚約期の後ろめたさからイエス様を表立って愛することができませんでした。イエス様における家庭とは愛と保護を受ける空間ではなく、むしろ厄介者として疎外される苦痛の空間だったに違いありません。それを如実に表している逸話が聖書に載っていますので、紹介します。

 

 さて、イエスの両親は、過越の祭には毎年エルサレムに上っていった。イエスが十二歳になった時も、慣例に従って祭のために上京した。ところが、祭が終わって帰るとき、少年イエスはエルサレムに居残っておられたが、両親はそれに気付かなかった。そして道連れの中にいることと思い込んで、一日路を行ってしまい、それから、親族や知人の中を捜しはじめたが、見つからないので、捜しまわりながら、エルサレムに引き返した。そして三日の後に、イエスが宮の中で教師たちのまん中にすわって、彼らの話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。(ルカ福音書2・41-46)

 

どんなに道が混雑していたとしても、どんなに同行する親族が多かったとしても、一日の間自分の子供を確認しないというのは理解ができません。この逸話は如何に家庭内においてイエス様の存在感が薄かったかを証明してくれています。更に3日が経ってイエス様を見つけた時も、マリヤはイエス様の安否を気遣うのではなく、自らの感情をぶつけます。「どうしてこんなことをしてくれたのです。ご覧なさい、おとう様もわたしも心配して、あなたを捜していたのです」(ルカ福音書2・48)
ことさらに“心配していた”ことを強調しているこの聖句は、むしろ親子間の関係がギクシャクしていたのではないかと考えさせられます。

 

ヨセフとマリヤの本来の責任

このように、残念ながらヨセフとマリヤはイエス様をメシヤとして愛し、保護し、社会的基盤を準備する役割を果たすことができませんでした。本来であればヨセフは自分の個人的な心情を押し殺して、神様の子供であるイエス様を愛さなければいけない立場にありました。またマリヤはイエス様をメシヤとして正しく教育し、社会に送り出す責任がありました。しかしヨセフとマリヤはこうした個人的心情を正しくコントロールすることができず、負の感情をイエス様に押し付けたのでした。お父様はこうしたイエス様の悲しい青少年期をこのように語っておられます。

 

マリヤを愛していたヨセフは、初めはこのようにマリヤを守ってあげました。しかし、ヨセフの心の底には苦悶がたくさんありました。特に、生まれたイエス様を見つめるヨセフは、その父親に対する疑問と関連し、心の中の苦痛を繁盛に経験するようになりました。イエス様が大きくなると同時に、ヨセフとの関係において心情的な距離が生まれるようになり、このことによって、家庭に頻繁に紛争が起こったことは間違いのない事実です。こうしてイエス様は私生児の立場で、、、心情的に途方もなく寂しい立場で育ちました。(み言に学ぶ統一原理P188)

 

それではマリヤは婚約期にどの男性と関係を持ってイエス様を懐妊したのでしょうか?また天の摂理は“姦淫”と呼ばれる不道徳な行為をどうして必要としたのでしょうか?次号では一般的な道徳観念では理解し得ない摂理的な理由について学んでいこうと思います。

Category: 誌面説教②