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イスラエルの伝統を築いた人々 その3:士師たち④

<成和学生会報2015年6月号掲載>Bon_Boullogne_-_Jephtha's_Daughter_-_WGA02936

 

アビメレクの謀略

ギデオンの息子アビメレクは父の意向に反し、謀略によって王になりました。母方の一族を味方につけ、腹違いの兄弟たちを皆殺しにして権力を奪ったのです。彼が王位に留まった3年間は、悪霊の侵入を受け、乱れた世になりました。民は王に対する反逆を繰り返し、王は鎮圧するための戦いに明け暮れました。結局彼は、戦闘中に不意を撃たれて致命傷を負い、王政はあっけなく消滅しました。イスラエルの人々は、父親に反逆したアビメレクが神様の報復を受けたのだと考えました。
時ならぬ時に過分な欲望を抱いた偽りの王は退けられ、神様が望む摂理的な王を迎える時まで、しばらく士師時代が続きます。
アビメレクの死後、トラとヤイルの二人の士師が使命を受け継ぎました。その後、再び世が乱れ、アンモン人の侵入を許し、その支配が18年間続きます。イスラエル人は再び神様に苦境を訴え、神様は一人の士師を召されました。

 

 

エフタの誓い

ギリアデ人エフタは遊女の子として生まれたために、本家から疎まれ追い出されていました。彼は、荒野で生きるために、荒くれ者を率いて略奪を繰り返していたのです。その間アンモン人に苦しめられてきたギリアデの人々は、武力に長けたエフタに頼らざるを得なくなり、彼に助けを求めてきました。
エフタはこれを受け、まずは敵との交渉を試みました。しかし、彼らが交渉に応じようとしないのを見て、武力で排撃する決意を固めました。この戦いに臨んで、エフタは神様に誓願を立てました。
 「もしあなたがアンモンの人々をわたしの手にわたされるならば、わたしがアンモンの人々に勝って帰るときに、わたしの家の戸口から出てきて、わたしを迎えるものはだれでも主のものとし、その者を燔祭としてささげましょう」。(士師記11・30-31)
エフタは勇敢に戦い、アンモン人を打ち破って凱旋を果たしました。勝利に沸くギリアデ人の中から、いち早くエフタを迎えに出たのは、なんと彼の一人娘でした。娘は誰よりも父の勝利を歓び、讃えるために、鼓を手に舞い踊りながら出迎えたのです。

 

孝行娘の信仰

親を思う娘の行動は、父親に最高の喜びを返すはずでしたが、エフタには残酷な現実が突きつけられ、深い悲しみが沸き起こりました。神様への誓いを果たすために、エフタが捧げるべき供え物は、この愛する一人娘となったからです。
エフタの娘は、父の悲しみもよく分かりましたが、それ以上に神様との約束を重視する信仰深い乙女でした。苦悩する父に、娘ははっきりと言いました。
「父よ、あなたは主に誓われたのですから、主があなたのために、あなたの敵アンモンの人々に報復された今、あなたが言われたとおりにわたしにしてください」。(士師記11・36)
この娘にとってもそれはつらいことでした。結婚もできずに逝くことは心残りでした。父親に孫の顔を見せてあげることもできないし、母親として子を抱く喜びを知ることもできないからです。
しかし、それらの悲しみの一切を犠牲にしても、神様に対する誓いは果たさなければなりません。なぜなら、父エフタの勝利は、決して彼の実力で勝ち取ったものではなく、イスラエルをエジプトから解放し、約束の地に導いた神様の働きによるものだと分かっていたからです。
もし、この勝利がなければ、自分の生命も財産も全て失っていたかもしれないと思えば、祭物になることはなんでもありません。この娘の信仰によって父もまた神様に不忠をなさず、イスラエルの勇者として名を留めることになりました。

 

犠牲の道

人類始祖アダムとエバの堕落によって、人類がたどらざるを得なかった復帰摂理の歴史は、神様が立てられた救いの道でしたが、その途上どれほど多くの血涙が流されたか分かりません。選民であるイスラエル民族は、長く神様を苦しめてきたサタンに対して、人類を代表して神様のみを愛し、信頼していることを示さなければなりませんでした。
彼らの信仰が揺らぐと、苦労は長引きました。士師時代は、娘を犠牲にしてでも、神様に絶対的な信頼を示さなければならなかったのです。
そして、エフタにもう一つ厄介なことが起こりました。アンモン人との戦いの後、同族のエフライムがエフタに不信を抱き、戦いを仕掛けました。エフタも仕方なく応戦し、遂に彼らを滅ぼすことになりました。この時でもイスラエルの十二部族はまだ国として一つにまとまってはいなかったのです。
エフタが6年、次にイブザンが7年、ゼブルン人のエロンが10年、そして、ピラトン人アブドンが8年間イスラエルを治めました。

Category: 誌面説教