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真なる友達

<成和学生会報2015年6月号掲載>E8Q1809edi

 

福を受ける人

人々は友達がほしいという時、涙のある友達を願います。かといって、一日中泣いてめそめそしている、そんな友達がほしいのではありません。涙のある反面、笑いに満ちあふれた人を願うのです。人はいつでも、しかめっ面をしていてはいけないのです。そんな中でも、あふれる喜びを見いだせなくてはならないのです。ですから、福を受ける人はどんな人ですか?人が泣く時、一緒に泣いてあげる人が福を受ける人です。そうなのです。福というのは、永遠に離れたくない所にやってくるものです。
誰よりも親しく愛される友達になろうと思えば、その人の悲しみと苦痛を知り、その人を支え、慰めてあげなければなりません。そうしてはじめて、その人の友となり、その人を支配できるのです。心情を通し、愛で因縁を結んだなら、その人が自分の思い通りに動き、自分もその人の思い通りに動くことができるのです。

 

良い友達とは

皆さん、良い友達というのは、その友達が自分に対してどれだけ考えてくれるか、一日に何回考えてくれるか、という回数が多いほど良い友達になるのです。
皆さんが学校で、10人の中で一番良い友達を選べという時、10人の心情を知り、10人の事情を知り、10人のために尽くす友達が一人いて、一方、10人全員に自分のために尽くせと言う友達がいたならどうなるでしょうか。10人全員に対して私に尽くせと言う人は追い出され、10人全員のために尽くす人は主人になるのです。
10人の友達に対して奉仕し、犠牲になり、生命を懸けて彼らのために生きる時、その10人の友達は、その人のためだけではなく、自分の親戚や、自分の友達の前まで連れていって紹介し、誇ろうとします。しかし反対に、10人の友達に全部自分だけのためにしてくれと言う時には、一人だけでなく全部が離れていってしまうのです。そのようにしていなくなるから滅びるのです、多くなるから栄えるのです。
真なる友達とはどんな友達かというのです。10人の友達がいて、その中で一番の真なる友達は誰か?10人のためにより犠牲になろうという人です。自分の利益を追求せず、10人の利益を自分の利益よりもっと尊重視しながら、一日の生活から一年の生活を通じて、青春時代から老年時代まで友達のために一生をそのように生きるという人が、友達の中の真なる友達にならざるをえないのです。
また、真なる友達とは、普通人間たちが願う心と反対の立場で、自分を懐かしがってくれ、自分に接することのできる人です。普通、人は良いものがあると、自分のものと言いますが、良いものがあればその友達のために「これはおまえのだ」と言える友達であってこそ真なる友達というのです。全部反対です。「おいしいものがあれば自分が食べる」というのが普通の人の心ですが、「おいしいものは、おまえが食べろ」と言える人、世の中の普通の人なら「悲しいものはおまえのもの、良いものは私のもの」と言うだろうけれど「悲しいものは私のもの、良いものはおまえのもの」と言える人が良い人なのです。
幸福な人はどのような人か?悲しい時、自分の心を分かってくれる友達を持った人です。苦痛を受ける時、「その苦痛を私が代わりに受ける。あなたはその苦痛の場に行くな。私が代わりに行く」と、生命を捨てる覚悟をして立ち上がってくれる、友達や愛する息子や娘を持った人です。その人は、幸福な人です。皆さん、そのような人を持っていますか?

【二世の道p181-185より抜粋・編集】

Category: み言の学校