Subscribe via RSS Feed

イスラエルの伝統を築いた人々 その3:士師たち①

<成和学生会報2015年4月号掲載>othniel

 

イスラエル民族の過ち

イスラエル民族は選民の伝統を築いた先祖たちをほめたたえて歌い、ヨシュアとカレブをこのように称賛しました。

 
 「モーセの時代にヨシュアは忠誠を示した。ヨシュアとエフンネの子カレブは、会衆を向こうに回して立ち、民が罪を犯すのを防いで、よこしまなつぶやきをやめさせた。放浪していた六十万人のうち、この二人だけが無事生き残り、民を、受け継ぐべき地、乳と蜜の流れる地へと導き入れたのだ。主はまたカレブに力を与え、その力は年老いるまで衰えることはなかった。彼は山地を攻略し、その子孫はこれを遺産として手に入れた。 こうしてすべてのイスラエルの子らは理解した。主に従って歩むのは良いことであると。」(シラ書〔集会の書〕46・7-10)

 
カレブは、ヨシュアの亡くなった後もしばらく生きて、モーセが教えた戒めを守るよう人々を導きました。しかし、“戦いにおいて勇者”であったヨシュアを失い、民の心に迷いが生じ、彼らは過ちを犯しました。

 
 「われわれの神、主に、われわれは仕え、その声に聞きしたがいます」(ヨシュア24・24)

 
彼らは、最期が近づいたヨシュアの前で、心を合わせて神様に誓ったはずのこの誓いを果たすことができなかったのです。
イスラエル民族は、攻めのぼった土地からカナン人を完全に滅ぼし去ることができず、彼らの宗教、文化、風習を残してしまったのです。また、神様のことばに従い、民族が一丸となって律法に適った国づくりを進めることもしませんでした。
彼らはただ、奪い取った土地を部族ごとに分けあって住み、緩やかな12部族連合を形成していたに過ぎません。ギルガルで築き上げた石の祭壇のように、民族の一体化はまだなされていませんでした。

 

「あなたがたのわなとなる」

その時、主のみ使いが彼らのもとに現れて、裁きのことばを告げたのです。

 
 「それでわたしは言う、『わたしはあなたがたの前から彼らを追い払わないであろう。彼らはかえってあなたがたの敵となり、彼らの神々はあなたがたのわなとなるであろう』と」。(士師記2・3)

 
彼らが滅ぼせなかったカナン人は、かえってイスラエルの敵となり、彼らを苦しめることになると言うのです。また、その文化はイスラエル民族にとって誘惑の“わな”となることが告げられました。若者も幼い者も、試練に打ち勝つ戦い方を学ばなければなりません。この試練は、イスラエル民族すべてが、創造主であり救い主である神様に立ち返って一つとなるまで続くことになります。
 「これはイスラエルが、先祖たちの守ったように主の道を守ってそれに歩むかどうかをわたしが試みるためである」(士師記2・22)と主は言われます。
イスラエル民族は、厳しい主のことばを聞いて泣き、慌てて犠牲を捧げましたが、もう後の祭りです。

 

彼らがやっていたことは、貧しさから逃れるために、裕福なカナン人に娘を嫁がせて、生活の安定を図ろうとする類のことでした。その子らは、異教の文化に馴染んでいくに従い、異教の神々を受け入れ、崇めるようになっていったのです。
自分が何者なのか、何のために荒野を越えてこの地に入国したのか。神様がイスラエルを選民としたことの意味と価値、使命が何なのかが、いつの間にか分からなくなってしまったのです。
試練はすぐに彼らを襲いました。メソポタミヤの王クシャン・リシャタイムがイスラエルを攻め、民はその王に隷属することになりました。苦境に陥って初めて、彼らは嘆きの声をあげて神様に救いを求めました。
その時、神様は“ひとりの救助者”を起こしてイスラエル民族を救われたのです。カレブの甥で娘婿となったオテニエルが“さばきつかさ”(士師)として召命され、メソポタミヤ王を退けイスラエル民族に平安をもたらしたのです。
この勝利で、イスラエルは直ちに王国建設を進めたわけではありません。12部族がばらばらであったため、同じ過ちを何度も繰り返しました。その度にイスラエル民族は試練に見舞われ、その度に悔い改めて祈り、その度に神様は“士師”を選んで彼らに救いの手を差し伸べるのでした。

 

士師たちの治めた時代

オテニエルに続く士師たちは、ベンヤミン族のエホデ、アナテの子シャムガル、ナフタリ族のバラク、マナセ族のギデオン、イッサカル族のトラ、ギレアデびとヤイル、同じくエフタ、ベツレヘムのイブザン、ゼブルンびとエロン、ヒレルの子アブドン、そして、ダン族のサムソンと続きます。
士師時代は、サムエルがサウルに油を注ぎイスラエルの王とするまで、400年間続きます。それは、彼らがエジプトで奴隷として過ごした年月と同じ年数になります。

Category: 誌面説教