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良心宣言

<成和学生会報2015年4月号掲載>写真2

 

良心の基準

なぜ肉身が良心を引っ張る力のほうが強いのでしょうか。それは堕落する時の愛の関係によるからです。愛は強いものです。天宙を率いてまとめる力を持っているのです。真の愛の列に属しているので、愛の関係を結んだ場合、それが偽りの愛の力でも同じ作用をもたらすようになっているというのは理論的なのです。ですから、それが堕落の愛であっても、堕落する時の愛の結合の力は良心の力よりも強かったというのです。それが問題です。今の堕落した人間の世界でも、そのような力があるということは否定できません。
それでは、いかにして良心の基準を堕落する時の愛の結束の力よりも強くさせるのでしょうか。それは一つの方法のみが自分を解放させ、自分を元の所に帰すことができるのです。良心の権限の素晴らしさと強さをはっきりと知れば、肉身の愛の基準は未完成の愛なので、良心完成基準の立場に立てば、その愛は良心側に立つというのです。これは理論的なことです。
そうなれば、神様に優るような立場にまで我々は上がっていかなければならないのです。それには肉身を分別して、良心の命令に絶対服従すれば、全てが可能です。たった一つ神様につながる道は、良心の命令を絶対視して一つになることによって、神様と共になるような基準につなぐということです。愛の完成基準まで引っ張り上げていかなければなりません。それは良心を中心としてです。ですから、良心を絶対視するような宣言をしなければならないのです。

 

良心宣言をして出発しよう

第一!良心は両親に優る!前の良心は何ですか?それは心の良心です。後の両親は、親の両親です。親は、自分と共に永遠には生きられないのです。分かりますか?良心は、永遠に自分とくっついていて、親よりも先に自分を愛し守って、神様の懐に抱かれることを願うのです。親が子供を養育して、立派な夫婦として、自分の後継者として、愛の後継者となれるように願うのと同じように、良心は自分を守って神様に抱擁されながら、天地すべてを相続できるような親孝行者をつくりたいと思っているのです。
第二!良心は!先生に優る!“良心を教育しよう”というような文部省の法令が、世界各国から出たことを見たことがありますか。自分の一生涯、自分のやるべきことをすべて知っているのです。良心は、自分の生きてきた歴史を知らないことがないのです。ですから良心には、先生は要りません。
第三! 良心は!神様に優る!これは、恐ろしい宣言です。神様に優るから、今から神様は要らないということになりました。自分は神様の代わりのものです。愛の相対圏として、自分よりも何千億倍にも高まることを願った相対存在であるとすれば、神様に優らなければならないのは理論的な結論です。
朝に夕に、この公式に従って生活すれば、それは軌道に乗って走る電車みたいに、脱線しないで天国に直行します。すべて理論的なのです。肉身を完全に主管するのです。これで良心宣言が終わりました。
それで、真の自分を完全に回復しました。毎朝、それを唱えなければなりません。難しいことがあれば、すぐに瞑想しながら良心に聞けば、方向が見えてくるのです。そのような訓練をしなければなりません。真の父母と絶対信仰、絶対心情一体圏を成すことによって、エバによって砕かれて落ちたものが、それ以上の心情圏で上昇して元の所に帰っていくということは、理論的なのです。

【1995年1月17日、韓国の水沢里中央研修院にて真の父母様が語られたみ言より抜粋・編集】

Category: み言の学校