Subscribe via RSS Feed

イスラエルの伝統を築いた人々 その2:ヨシュア①

<成和学生会報2015年1月号掲載>1958e49f873c8dd36faab24985aaaff3

後継者ヨシュアの登場

神様がモーセの後継者に選んだのはヨシュアでした。後にイスラエル民族は、このように書き記して、彼のことを覚えてきました。
 「ヌンの子ヨシュアは戦いにおいて勇者であり、預言の職務においてはモーセの後継者であった。ヨシュアはその名のとおり、主に選ばれた人々の大いなる救いとなった。」(シラ45・1)
“戦いにおける勇者”としてヨシュアが初めて登場するのは、イスラエル民族がモーセに率いられてエジプトを出発してから2か月余り後、シンの荒野を出て、レピデムに宿営した時のことです。(出ジプト記17・9-14)

「水が飲みたい」と叫ぶ人々に、モーセは岩を杖で打って水を出して飲ませました。その直後にアマレク人が攻めてきたので、モーセはヨシュアを指揮官に立てて戦いに送り出します。戦況を見守るモーセが両手を上げているとイスラエルは攻勢に立ち、下げるとアマレク人が盛り返します。そこで、アロンとホルがモーセの両手を支え続けることで、ついにはイスラエルが勝利したのです。
このように、ヨシュアはモーセの指導の下に最前線で戦う指揮官として登場します。

 

主の御旗の下に戦うヨシュア

勇者であるヨシュアの指揮官ぶりは、カナン入国後に遺憾なく発揮されます。しかし、彼が真の勇者となり得た秘訣は、アマレク人に勝利した時、神様がモーセに言われたことの中に見出せます。

「主はモーセに言われた、『これを書物にしるして記念とし、それをヨシュアの耳に入れなさい。わたしは天が下からアマレクの記憶を完全に消し去るであろう』。モーセは一つの祭壇を築いてその名を『主はわが旗』と呼んだ。そしてモーセは言った、『主の旗にむかって手を上げる、主は世々アマレクと戦われる』。」(出エジプト17・14-16)

イスラエル民族の挑む戦いは、武力のみで勝利できるものではないことをここで学びました。それは、救い主なる神様のみ旗の下で臨む戦いであり、勝利をもたらすのもその場に臨在される神様なのだということを悟らされたのです。カナン7族との戦いに臨む遥か前に、神様は予めヨシュアの記憶に重要な教訓を刻んでおいたのです。

主なる神は救う

ここからヨシュアの名前の意味が出てきます。ヨシュアとは、“主は救い”という意味なのです。ちなみに、神のひとり子として来られたイエス様も、ユダヤ人がヘブライ語で発音すると“ヨシュア”となります。モーセの後継者となったヨシュアとイエス様とは同じ名前なのです。
イスラエル民族の中ではごくありふれた名前であったとしても、およそ1400年の歳月を経て、“主は救い”と名付けられた方がこの世に再び登場して、神様のみ旨を担って立ちました。ですから、ヨシュアの歩みの中にも、イエス様が歩むべき道が暗示されています。私たちは、ヨシュアの生涯を見ながら、イエス様の使命と目的をより良く理解することができます。

 

モーセの後継者

ヨシュアは、“預言の職務においては”モーセの後継者として登場します。それは、モーセが、一度の過ちのため約束の地に入れないことを神様から告げられた時でした。モーセはイスラエル民族のために、後継者を求めて祈りました。その時、神様は彼にこう告げられたのです。

 「神の霊のやどっているヌンの子ヨシュアを選び、あなたの手をその上におき、彼を祭司エレアザルと全会衆の前に立たせて、彼らの前で職に任じなさい。そして彼にあなたの権威を分け与え、イスラエルの人々の全会衆を彼に従わせなさい。」(民数記27・18-20)

若い時からモーセに仕えてきたヨシュアは、イスラエル民族がシナイ山の麓で偶像崇拝に耽っている時にもモーセの近くにいました。カナン偵察から帰った時も、カレブと共に信仰深い報告をした男でした。モーセの傍らで彼の言動をつぶさに見、その考え方を理解、吸収してきました。人々の前に力強くあっても、神様の前には謙虚に膝をかがめるモーセの姿を知っていました。孤高の指導者の苦悩を見ながら、彼を支えてきた人物です。そのヨシュアに、次世代を率いてヨルダン川を渡り神のみ旨を完結する使命が託されたのです。
エジプトを脱出したイスラエル民族の望みであったカナン入国は、このヨシュアに率いられた新しいイスラエル民族によって成し遂げられることになります。

Category: 誌面説教