Subscribe via RSS Feed

原理講論を読もう♪58

<成和学生会報2015年1月号掲載>115879-1edi

モーセの立てるべき実体基台

先月号はモーセが生まれた背景と幼少期にエジプトの宮中で育つことになる経緯を説明しました。モーセはエジプトの宮中で育ちましたが、実の母親が乳母として彼を教育したため神を畏れ、民族愛を持つ青年として育つことになりました。モーセは40年間をエジプトの宮中で過ごしましたが、この期間はサタンを分立する基台となり、信仰基台を蕩減復帰することができたのでした。
それではモーセとイスラエル民族が立てなければならない“実体基台”とは何だったのでしょうか?それはエジプトで奴隷として虐げられている80万人のイスラエル民族を、カナンの地に導くことでした。モーセは信仰基台を勝利したので“堕落性を脱ぐための民族的蕩減条件”を立てるためのアベルの位置を確立していました。アベル(モーセ)に対してのカインはイスラエル民族であるため、イスラエル民族が信仰を通じてモーセと一つとなり、神のみ旨(カナンに戻ること)を理解して、善を繁殖する(メシヤを迎えるための善側の民族的な基盤を作る)ことができれば、民族的な実体基台が勝利できるはずでした。

 

第一次路程の失敗

このようにイスラエル民族の中心者となる使命を持ったモーセでしたが、ある日、自分の同胞がエジプト人に虐げられている現場を目撃し、民族愛を抑えることができずエジプト人を殺害してしまいます。
この事件は80万人のイスラエル民族がモーセの民族愛を確認し、民族の中心者として認識する“出発のための摂理”の役割を担っていました。またアダム家庭においてカインがアベルを撃ち殺すことによってサタンが長子の立場で歴史をつくってきたため、天の側の長子(モーセ)がサタン側(エジプト人)を打たなければ実体基台を出発できなかったのです。こうしたモーセの行動を見てイスラエル民族が団結し、モーセを中心にエジプトを発つ決心をすることができれば実体基台を出発できるはずでした。
エジプト人を殺害した次の日、モーセはイスラエル民族が争っているのを見かけ、それを諌めます。
 「なぜ自分の仲間を打つのか」と言った。するとその男は「誰があなたを私たちのつかさやさばきつかさとしたのか。あなたはエジプト人を殺したように私も殺そうというのか」 (出エジプト2・13-14)
このようにイスラエル民族はモーセの民族愛に感動するどころか、むしろ彼の行動を非難したのでした。イスラエル民族はモーセを信じることができなかったので、モーセは宮中において追われる立場となり、ミデヤンという荒野へと逃げなければいけなくなりました。このように実体基台は出発すらできずに失敗したため、第二次路程へと延長されていったのでした。お父様はこの時のモーセについてこのようなみ言を語っておられます。
モーセは(イスラエル)民族同士が一つになれずに争っているのを見て嘆き、また民族が異邦人(エジプト人)に苦しめられているのを見ると、その異邦人に対抗し、命がけで闘うようになりました。このようにモーセに従い、エジプト人に対抗して戦うべきイスラエル民族がかえってモーセを追い出す立場に立ちました。(中略)モーセも祝福されるべきイスラエル民族をエジプトに残したまま、ミデヤン荒野40年路程に出発するようになったのです。(文鮮明先生のみ言に学ぶ統一原理【後編】p142-143)

 

神に再度呼ばれるモーセ

ミデヤン荒野に逃げ込んだモーセでしたが、この時モーセは自らがもう一度イスラエル民族の指導者となってカナンの地に導くことになるだろうとは考えてもいませんでした。モーセや荒野で羊飼いとなり過ごしていましたが、突然誰かが彼に呼びかける声が聞こえてきました。「モーセ、モーセ。わたしはあなたの父の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」(出エジプト3・4-6)モーセは神様がそこにおられることを知り恐れおののき、顔を隠しました。神はモーセにこう呼びかけました。
 「わたしはエジプトにいるわたしの民の悩みを確かに見、使う者の前の彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを知っている。わたしが下ってきたのは彼らをエジプトの手から救い出し、その地から、広い良い地、乳と蜜の流れる地、カナン人、ヘテ人、エモリ人、ヒビ人、エブス人のいる所に上らせるためだ。見よ。今こそ、イスラエル人の叫びはわたしに届いた。わたしはまた、エジプトが彼らを虐げているその虐げを見た。今、行け。わたしはパロのもとに遣わそう。わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ」(出エジプト3・7-10)
こうしてモーセは自らの使命を直接神様から与えられ、カナン復帰第二次路程を出発するようになったのでした。

Category: 誌面説教②