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真の愛の伝統

<成和学生会報2015年1月号>

真の孝子の道理

はじめに、1996年11月11日、真のお父様が南米ウルグアイで語られたみ言を紹介します。題目は“真の孝子の道理”です。
私は、お父さん、お母さんの代身存在です。私自身においては他人に誇ることのできるものは何一つありません。現在、人々はそれをわからずにいます。私が私の父母の体であり、私が着て良いものはまず父母に着せてあげなければなりません。それが孝子です。それが為に生きるということです。食べることも父母のために、良いものも父母のために、生きることも父母のために、そのような考えを持ちながら天の父母様のために生きなければなりません。そのようになる時に、その国は孝子の国となり、忠臣の国となり、聖人の国となり、聖子の国となるのです。
日常生活において孝子とはどのような人でしょうか。朝・昼・夜の食事を例に挙げると、朝食を食べるにおいてまず父母のことを心配し、昼食を食べる父母よりも父母のことを心配し、為に生きる時において、食事において父母様に対してまず愛を与える主体的立場で為に生きる思いが連結されなければなりません。
真の父母様はこのような心で生涯を生きられました。

 

為に生きる伝統

私たちは自ら自分自身を誇りに思わなければなりません。何を誇るのでしょうか。真のお母様は、真の父母様がおられること、真の父母様の子女であることを誇らなければならないと語られました。真の父母様の何を誇るのでしょうか。皆さんもたくさん感じていることでしょう。為に生きる真の愛の伝統。皆さん、日常生活でそのように真の父母様の真の愛を学び実践する、皆さんの父母たち、皆さんよりも世の中のために生きて愛して、苦しかったみなさんの生活を誇りに思わなければなりません。
真の愛とは何でしょうか。為に生きるということはどういうことでしょうか。私が十分に裕福で物が余り、余った物を与えるということではありません。私に何も無くても、私自身が不足していても、死んでいく人たちを救おうと分け与えようとする心。苦痛を受ける人たちに心だけでなく実践すること。皆さんの父母はそのように生きて来たので、実際に生活しながら、皆さんはとても寂しく苦しかったでしょう。皆さんは持っている物がなくて、心が乏しかったりもしたでしょう。しかし、皆さんはたくさんものを持っていなかったことに対して誇りに思わなければなりません。皆さんの父母たちは皆さんに十分に与えることができるものを世の中のためにすべて分け与えて来たので、皆さんは誇りに思わなければなりません。ですので、皆さんは誇れるものがあるのです。
世の中のお金を稼ぐ人々に尋ねてみてください。そのような人は皆さんの父母のように世の中を愛することができるでしょうか。真の愛、それは皆さんが持っている財産であり誇りです。そして、皆さんが苦労して生きてきたのは、皆さんの父母が真の愛を実践する人生を選択したためです。世の中の人々を救っていくために選択していった人生です。天の父母様が喜ぶ人生を選択したのです。
皆さんは現実的に苦労しましたが、そのかわりに皆さんには多くの兄弟姉妹がいます。私が苦労する時、私も苦労していると共感することのできる兄弟たちがいるではないですか。このように一緒に喜び楽しむことのできる兄弟がいます。皆さんに会いたくてここにやって来た、私という人がいるではないですか。そして、皆さんを愛して私を送ってくださった真の父母様がいらっしゃいます。

 

真の愛をもって生きる人

皆さん、誇りを持ってください。私たちは世の中にはない真の愛を持って生きる人です。真の父母様に侍り生きる人です。天の父母様の子女です。本当に世の中をきれいにつくりかえることのできる純粋な水:ピュアウォーターがこんなにたくさんいます。ただ単なるきれいで純粋な水でなく、72億の人類を救うことのできる生命水です。皆さんは、真の父母様の生命水です。皆さんの心が一つになれば、一緒に世の中を救うことができます。天の父母様と真の父母様を愛する皆さんに本当に感謝します。

【2014年11月16日“第18回全国中和文化祭西日本大会”閉会式での崔妍娥様のメッセージより抜粋・編集】

Category: み言の学校