Subscribe via RSS Feed

本質を見つめよう!

<成和学生会報2014年12月号掲載>

石井成和部長

心が刺激を受けた修練会

成和学生の皆さん、お元気様です。
先月、第1回日本TOPGUN修練会に参加する恵みを頂きました。
修練会では、原理講義、真のご父母様の生涯路程、天聖経訓読、祝福の意義と価値、総会長ご夫妻を筆頭に先輩家庭の証、早稲田巡礼、ディスカッション等がありました。
毎日が、「そうだったのか!!」という感動(無知からの脱却)。「やっぱり間違いじゃなかった!!」という確信。「こんな重要なことを忘れてた!!」という再認識。「ということはこうなのでは?」というヒラメキや悟り。世間では脳トレのアハ体験が流行ったりしましたが、その比ではないくらいに活性化しまくりの状態でした。脳トレは脳しか活性しませんが、修練会は脳だけではなく心が刺激を受け情的に高ぶらせてくれるのですから当然と言えば当然ですよね。

 

自分自身を変えてみる

さて、今回皆さんと考えてみたいのは“なぜ私たちは一つになるのが難しいのか?”です。私たちは真のご父母様から互いに愛し合うこと、一つになる重要性を学んでいるはずなのに、なぜ難しいのでしょうか?
その理由の一つに、さまざまな物事に対して勘違いしていることが多くあるからではないでしょうか。
私たちは真の愛を中心とした知情意をバランス良くしていく必要がありますが、なかなか簡単ではありません。
例えば原理講義について考えてみましょう。ちゃんと教会に通っている二世だと小学校4年生くらいから学んでいると思います。毎年、修錬会で原理を学ぶので“俺はもう原理を知っている。だからもういい”と思っている人がいます。本当にそうでしょうか? 知的に情的に意的にちゃんと理解しているでしょうか? この3つの観点からしっかりと理解する必要があるのです。
知的に見れば、原理は哲学であり数式であり歴史を見ることができます。意的に見れば、規律や倫理、天法の基礎を見ることができます。何よりも情的にひも解いてみれば、天の父母様の愛の世界を知ることができ、また愛の減少感などの複雑な人間心理を聖書に登場する人物を中心に学ぶことができます。少なくとも、これくらいの見地で取りくまないと原理のスゴさは分からないと思います。
人間関係はどうでしょうか。親、兄弟、親戚、教会の人、学校の先生、同級生、先輩後輩など自分に関係する人に対して、嫌いだったり良くないイメージを持っている人がいるとします。しかし、それが本当に正しいことでしょうか? もしかしたら勘違いから来るイメージかもしれません。ただの勘違いだったら自分も相手も損をするだけで誰もハッピーにはなれません。人を変えることは難しいことですが、勘違いをなくし、自分を変えることはそんなに難しいことではありません。自分次第でどうにでもなります。
また、誰かが良くないと思う行動を取った時、皆さんはどのように行動しますか? 「それは絶対にダメだ。許せない。」と裁きますか?それとも「いや、何か理由があるはずだ」と、原因を知ろうと努力しますか? 表面的な事実だけを突きつめたとしても真実にたどり着くとは限りません。

 

百行は一果にしかず

今回のTOPGUN修練会において急遽、修了式を天正宮でおこなうことになりました。お母様は修了式で多くを語られず、「共に散歩して、ご飯を食べ、直接皆さんを包んで愛してあげたい」と修練生を外に連れ出され時間を共にされながら多くの愛を与えてくださいました。
まさに百聞は一見にしかず。お母様の姿を通して愛について勘違いしていたことに気付かされました。愛は考えるだけではなく授受してなんぼだと言うことを再認識させられました。ちょっとしたズレだとしても、それがとても大きなズレにつながることもあるのです。
百聞は一見にしかずには、続きがあるとされています。
『百聞は一見にしかず。百見は一考にしかず。百考は一行にしかず。百行は一果にしかず』
私たちは天の父母様、真のご父母様から直接的、間接的に種を植えられています。それをいかに育て、実を結び、収穫するかは皆さん自身にかかっています。
自分を過信しすぎず、謙虚に己を磨いて、真のご父母様のように周りを包み込む包容力のある人格者になることを願っています。
You can do it !!

Category: 二世へのMessage