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イスラエルの伝統を築いた人々 その1:モーセ⑦

<成和学生会報2014年10月号掲載>Lanfranco_Moses_and_the_Messengers_from_Canaan

み言を受けるイスラエルの民

 「モーセはそのあかしの板二枚を手にして、シナイ山から下ったが、その山を下ったとき、モーセは、さきに主と語ったゆえに、顔の皮が光を放っているのを知らなかった。」(出34・29)
再び40日後に2枚の石板を携えて戻ったモーセを、イスラエルの民は歓迎しました。そこで、モーセは神様のみ言をすべての民に伝えました。その時のモーセの顔は高貴な光を放っていました。
神様はモーセを通して、安息日の祝い方、神殿のかたどりとしての幕屋の設計図と犠牲の供え方などを教えました。イスラエルの民はそのみ言を守り、エジプト脱出から第2年目の正月に幕屋を完成させました。この幕屋には“主の栄光”が満ち、荒野の旅路においては、常に彼らを導きくものとなりました。
 「夕には、幕屋の上に、雲は火のように見えて、朝にまで及んだ。…昼は雲がそれをおおい、夜は火のように見えた。雲が幕屋を離れてのぼる時は、イスラエルの人々は、ただちに道に進んだ。また雲がとどまる所に、イスラエルの人々は宿営した。」(民数記 9・15-17)

荒野でつぶやく民

神様の絶えざる導きにもかかわらず、荒野の道で困難に会うと、イスラエルの民はすぐつぶやくのです。怒りを覚えた神様が宿営の端を火で焼いたこともありました。その度にモーセは民に代わって主にゆるしを請うのです。
彼らは毎日天から降ってくるマナを食べて生命をつないできましたが、欲心がわくと肉が食べたいと叫び出します。モーセはあきれながらも神様に訴えたので、うずらが与えられ、ひと月は飽きるほどの肉を食べることができました。

カナン偵察

イスラエルの民がパランの荒野、カデシ・バルネアに宿営した時、モーセは神様の命令を受けて、12部族の代表をカナン偵察に派遣しました。彼らは、ヘブロンまで行き、カナンの住人の数、武力や町の防衛力はどうか、土地は肥えているのかなどを、40日間調査しました。豊かな地であることの証に、エシコルの谷に熟したぶどうの枝と数種類の果物を持ち帰りました。
40日後に宿営に戻った偵察隊は、収穫された果物を見せて、そこは確かに“乳と蜜の流れる地”だと告げました。人々の期待は高まりましたが、彼らは続けます。
 「しかし、その地に住む民は強く、その町々は堅固で非常に大きく」、(民13・28)カナンの7族が住んでいるとも言いました。
 ヨシュアとカレブは、「わたしたちはすぐにのぼって、攻め取りましょう。わたしたちは必ず勝つことができます」(民13・30)と主張しました。しかし、他の10人は「わたしたちはその民のところへ攻めのぼることはできません。彼らはわたしたちよりも強いからです」(民13・31)と悲観的な主張を繰り広げていきました。
これは、人々の心に不安と恐怖をかき立て、期待感は落胆に変わりました。不満の矛先は、これまでかたくなな民を忍耐強く導いてきたモーセとアロンに向けられました。そこにかねてからモーセを快く思っていなかった者が民を扇動します。「こんなところで殺されるなら、エジプトに帰ったほうがましだ」。この言葉に踊らされた人々は、「わたしたちはひとりのかしらを立てて、エジプトに帰ろう」(民14・4)と騒ぎ始めたのです。
そんな人々をなだめるモーセとアロンの傍らで、ヨシュアとカレブは大胆に訴えました。「もし、主が良しとされるならば、わたしたちをその地に導いて行って、それをわたしたちにくださるでしょう。…ただ、主にそむいてはなりません。…主がわたしたちと共におられますから、彼らを恐れてはなりません」。(民14・8-9)
しかし、人々は聞く耳を持たず、彼らを石で打ち殺そうとしたのです。

神様の裁き

その時、憤った神様はモーセを叱責しました。「この民はいつまでわたしを侮るのか。わたしがもろもろのしるしを彼らのうちに行ったのに、彼らはいつまでわたしを信じないのか。」(民14・11)モーセは、イスラエルの民が敵に滅ぼされて神様の尊厳が失われることのないようと、罪のゆるしを請いました。しかし、神様の厳格な裁きは下されました。
 「あなたがたは、かの地を探った四十日の日数にしたがい、その一日を一年として、四十年のあいだ、自分の罪を負い、わたしがあなたがたを遠ざかったことを知るであろう」。(民14・34)
こうして、約束の地を目前にしていたイスラエルの民は、40年間荒野をさまようことになりました。偵察に行った12人のうちヨシュアとカレブ以外は、疫病にかかって死亡し、神様のみ旨を信じることができなかった人々は、すべて荒野で死に絶えていくことになりました。

Category: 誌面説教