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心情の格を上げる者となろう

<成和学生会報2014年10月号掲載>

長崎成和部長

天の父母様の心情

全国の成和学生の皆さん!お元気ですか?
日々、成和学生会の活動、学校の勉強、部活に忙しく歩まれていることと思います。それぞれの立場で一生懸命に歩む皆さんの姿には本当に頭が下がる思いです。
そのような皆さんに今回は島根の地からメッセージをお伝えしたいと思います。
天一国2年から真のお母様が“創造主天の父母様に似た真の愛を実践する天一国の真の主人になろう”という年頭標語をくださいました。私たち一人ひとりが天一国の真の主人を目指していくわけですが、そのためには天の父母様に似た私、真の愛を実践する私にならなければなりません。それでは、天の父母様に似るとはどういうことでしょうか?それは、天の父母様の心情を体恤した存在になることです。
ここで天の父母様の心情について考えてみましょう。心情とは、“愛を通じて喜ぼうとする情的な衝動”ですが、もっと具体的に表現すると心情とは、“愛しても愛してももっと愛したい、与えても与えてももっと与えたい、会っても会ってももっと会いたい”という世界です。そのような心情を体恤できたかどうか、持てるようになったかどうかが、私たちに一番問われてくる内容です。そして、そのために、私たちは日々成長することを心がけて頑張っていますが、その成長とは心情の格を上げていくことなのです。

心の向かう先

それでは、心情の格を上げていくとはどういうことでしょか?例えば、皆さんは学校から家に帰ったら、一番最初に何をするでしょうか。自分の部屋に入ってテレビをつける人。冷蔵庫を開けて中身を見る人。ペットの犬と戯れる人。ラインで友達と交流する人など、様々だと思います。これは別に悪いことではありませんが、自分の一番心の向かう先が万物ならば心情の格が低いということです。私の心の向かう先が、万物から人へ、人から天の父母様へと上がっていかなければならないということです。
天の父母様の心情を完全に体恤されたのが真のご父母様です。真のお父様は、「神様との父子の縁は体験を通さないとできない」とおっしゃいました。つまり、体恤とは、“自分の実体的体験を通して、ある心情の世界を直接感じて、自分のものとする”ということです。
私たちは、もっと深い目で真のご父母様を理解する必要があります。

天から授かった宝物

ここで、真のご父母様の心情世界とは程遠いですが、私自身が実体験を通して復帰した内容を証ししたいと思います。
それは、2000年5月のことでした。3人目の祝福子女である次女が誕生しました。2人目の女の子でもあり、父親としては喜びの絶頂にいる気分でした。しかし、その次の日に医師から思いがけない言葉を聞かされました。「あなたのお子様はダウン症の疑いがあります。」と。
一瞬のうちに天国から地獄に投げ落とされた心境でした。その後、通過した様々な苦労については割愛しますが、このことを通して、天の父母様の心情の一端を垣間見た思いがしました。この子の症状は一生治らず、様々な意味において価値を十分に発揮できない存在です。しかし、私と私の相対者の二人の中には間違いなく、この子に無条件に流れる情があるのです。止めても止まらない絶えず湧いてくる無条件の愛があるのです。
この情は一体どこから来るのかと考えたときに、天の父母様から流れてくるものであり、堕落した人類を見つめる天の父母様の心情もこのようであったのかということを悟ることができました。そして、今では夫婦の間で、「我が家にとって、この子は本当に天から授かった宝物だね。」と喜びを分かち合っています。

天の父母様の心情を体恤しよう

成和学生の皆さんにおいても、成和学生会、学校、家庭において様々な困難、逆境、挫折などがあると思いますが、その実体験を通して、どうか天の父母様、真のご父母様が通過されてきた境地、心情世界を体恤していけるように頑張ってほしいと思います。真のお父様は人生を振り返って、「振り返ってみれば全て愛だった」とおっしゃいました。
成和学生の皆さんも、ぜひ“天の父母様の心情を体恤する”という大きな内的目標を立てて、心情の格を上げていく者となってください。天一国時代における真のご父母様の大きな勝利圏と恩恵圏の中で、成和学生の皆さんが必ず内的勝利、外的勝利を成していかれることを確信しています。

Category: 二世へのMessage