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イスラエルの伝統を築いた人々 その1:モーセ⑤

<成和学生会報2014年8月号掲載>lgp01a201308170100

モーセに従う

 「ヤコブは、二十年を越える受難の道にあっても、祝福が変わらないものであることを最後まで信じたのでした。環境がどんなに変わっても、変わらないものがあるのだと信じたのです。」(64-212 『牧会者の道』)

真のお父様は、ヤコブについてこのように語っています。同じく、モーセに対してもこんなみ言があります。

「どんなに危険が加重され、孤独と嘆きが吹きすさんだとしても、私がこのようになったのは、イスラエル民族のゆえではなく、神様のゆえだと考えました。このような偉大な内的覚醒をしたモーセは、『神様のみ旨が成されるその日まで、私は忠誠を尽くす』と思ったのです。」(57-301『牧会者の道』)

神様が僕の中の最高の僕として選び出した中心人物は、神様のみ言をつかみ、いかなる環境にあっても、どれほど孤独な道であっても、永遠に変わらない理想に向かって前進し続ける人物でした。

神様はこのような人物に信頼を置き、400年の苦役にあえいでいたイスラエル民族をエジプトの地から脱出させました。“乳と蜜の流れる”約束の地カナンに向かう道は、希望にあふれたものであるはずですが、これまで虐げられてきた民族にとっては、実際には苦しい道のりでした。食べようと思えば食べることのできたエジプトから出てきてみたら、そこは常に死と隣り合わせの環境だったからです。

 

神の御手の導き

こうした環境の中で、今度は、イスラエル民族の一人ひとりが、父祖アブラハム、イサク、ヤコブと等しく、また、モーセの如く、“主こそ我が神であり、私は主の僕だ”と自覚できるように、神様は荒野の道を行く間、「主が強い手をもって」(出13・14)導いていかれました。

 「主は彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照し、昼も夜も彼らを進み行かせられた。」(出13・21)

神様は彼らから離れることなく、海を分け、エジプトの軍勢を滅ぼしました。

 「モーセが手を海の上にさし伸べると、夜明けになって海はいつもの流れに返り、エジプトびとはこれにむかって逃げたが、主はエジプトびとを海の中に投げ込まれた。水は流れ返り、イスラエルのあとを追って海にはいった戦車と騎兵およびパロのすべての軍勢をおおい、ひとりも残らなかった。」(出14・27-28)

荒野の道を行く間は、うずらとマナを与えて飢えさせることはありませんでした。人々が、喉が渇いたと不平をもらした時も、モーセに命じ岩を杖で打って水を出させて渇きを癒しました。

従属的で頑ななイスラエル民族を神の願う理想をわが理想とし、来るべき主を迎えることのできる王国を主体的に建設していく目覚めた忠臣に育て上げるためには、まだまだ時間がかかりましたが、神様もモーセも諦めることなく前進しました。彼らこそヤコブの後孫であり、神様が選ばれた民だということに信頼を置いたのです。

 

シナイ啓示

 「イスラエルの人々は、エジプトの地を出て後三月目のその日に、シナイの荒野にはいった。すなわち彼らはレピデムを出立してシナイの荒野に入り、荒野に宿営した。イスラエルはその所で山の前に宿営した。」(出19・1-2)

神様は、かつてモーセを召したホレブの山のふもとに民を導き、彼らの心に刻む律法を与えます。モーセを山の頂きに呼び寄せる前に、神様はイスラエル民族の決意を見ます。

 「あなたがたは、わたしがエジプトびとにした事と、あなたがたを鷲の翼に載せてわたしの所にこさせたことを見た。それで、もしあなたがたが、まことにわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたがたはすべての民にまさって、わたしの宝となるであろう。全地はわたしの所有だからである。あなたがたはわたしに対して祭司の国となり、また聖なる民となるであろう」(出19・4-6)

モーセは神様のメッセージを人々に語り聞かせ、人々は「われわれは主が言われたことを、みな行います」(出19・8)と答えます。こうして、モーセと民とが心を一つにして、み言を受ける準備ができました。神様はモーセ一人を近くに招き、イスラエル民族が守るべき主要なみ言を与えます。それらは、ユダヤの伝統において、約束の地で長らく生きるための規範であり、今後克服しなければならない課題でもありました。

彼らが受けることになる“十戒”の中に、人類が主を迎えるために必ず守らなければならない神様に対する戒めと、人々に対する戒めが含まれています。このみ言を長い間かかって心に刻んでいく営みがこれから始まっていきます。

Category: 誌面説教