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自然から学ぶ真の愛①

<成和学生会報2014年7月号掲載>54.ソクステエツコホクヤ1

自然は真の愛の博物館

人類の文化は、自然を抜きにしては考えることができません。自然から離れた人類文化は、語ることができないのです。人間がいくら堂々とその威勢を誇り、権勢を享受したとしても、自然を無視すれば、その全てのものが成立しません。

このように、私たちの生活を価値あるものにしてくれるのが自然であり、生涯において必ず必要なものが自然なのです。ですから、自然万象に流れている心情を感じられる人になれなければ、真の幸福を享受することはできず、天と因縁を結び得る栄光の位置に出ていくことはできません。

存在するすべての鉱物、植物、動物は、何を根源として創られたのでしょうか。それらの生命自体を見て喜ぶためではありません。その根源は、どこまでも真の愛を模倣したのです。真の愛を中心として、あるものは東方何度の位置に存在し、またあるものは上下、前後のある位置に存在する立場で、愛の象徴的、形象的な実体として展開されたのです。

この宇宙を見る時、愛で見るのです。そして、「いやあ!鉱物世界も愛を語り、愛の歌を歌うのだなあ」と考えるのです。このように考えれば、どれほど素晴らしいでしょうか。事実、そうなのです。霊的に見れば、岩が語り、愛を歌うのです。地が語り、歌を歌います。何のためにですか。神様が創られた愛の理想を求めていくためであり、愛の理想を完成するためです。低いレベルでも、愛が慕わしくて歌を歌い、愛を求めて永遠に運動するのです。ですから、このすべての自然は、人間のアダムとエバが理想的な愛をおこなうことのできる愛の標本物であり、愛を教示する教材なのです。そのような自然博物館だという事実を知らなければなりません。愛を教えてあげるための博物館です。

 

神様の立場で万物を愛する

愛の心情を持って万物を愛さなければなりません。このような心情を持っていけば、皆さんが行く所には、どこでも神様が共にいらっしゃるのです。また、神様が共にいらっしゃることによって発展するのです。すべてのものが神様のみ旨にかなった結果として復帰されるという信念を持って対すれば、皆さんには、いつでも成功できる道が開かれるのです。

すべての万物世界は、お互いに愛し合っています。動物たちを見ても、昆虫を見ても、植物を見ても、鉱物世界を見ても、すべて同じです。お互いが相対を中心として、歌を歌い、踊り、飛び、這っています。このようなすべてのものを見つめながら、「あれは何をしているのだろう」と考え、学ぶのです。自然は、アダムを教育できる博物館です。アダムを教育しうる生きた教科書なのです。そして、じっと見てみると、お互いが一つになり、あとからお腹が大きくなって子供を産みます。そのようなものを見て、すべて学ぶのです。これは、どれほど面白いでしょうか。

神様が趣味の世界を求めるのは、自然しかないことを知らなければなりません。神様の本然の趣味の世界を再探求し、再び感じることができる相対は自然しかないのです。様々な動物、様々な生き物を全て愛する立場で暮らせば、神様の心情世界に近づいていくことができるのです。それで「自然を愛そう!」ということです。先生は、原理の80パーセント以上を自然から学びました。本当に自然を愛したのです。

今から皆さんは、一株の草を見るとしても、神様の立場で見ることができなければならず、花を見つめるとしても、神様の心情の通じ得る立場で見つめなければなりません。昆虫や鳥、ある動物を見つめる時にも、神様の心情と因縁が結ばれる、そのような内的な感情を体得できなければなりません。そのような人がいれば、その人がある公式を定義として、つまり科学的な論理でそれを解明できなくても、あるいは文学的にその情緒を表現できなくても、あるいは芸術的にその美を表現できなくても、情緒的に愛を体恤する力がなくても、その人は偉大な科学者であり、偉大な文学者であり、偉大な芸術家であり、偉大な哲学者であり、偉大な宗教家であるのは間違いありません。

【後天時代の生活信仰p153-157より抜粋・編集】

Category: み言の学校