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原理講論を読もう♪51

<成和学生会報2014年6月号掲載>カラー済

エサウとヤコブ

前号では信仰基台の条件物である供え物のうち、ハトを裂かなかったことで失敗したアブラハムが、神様の命を受けて愛する息子イサクを捧げることになってしまったという内容を学びました。アブラハムは何故愛する息子を供え物にしなければいけなかったのか、いったいどのような心情でイサク献祭の臨んだのか、ということを学んでいきました。今月号はイサクの息子であるエサウとヤコブによって展開される実体基台について考えてみようと思います。

アブラハムに与えられた使命はイサクへと移りました。イサクを中心として“メシヤのための基台”を立てるためには、イサクの子供(双子)であるエサウとヤコブをカインとアベルの立場に分立して“堕落性を脱ぐための蕩減条件”を立てて“実体基台”を完成しなければいけませんでした。本来アブラハムが供え物を正しく捧げて信仰基台を勝利していればイシマエルとイサクがカインとアベルの位置に立って実体基台の摂理を展開するはずでした。しかし摂理的使命がアブラハムからイサクに受け継がれたため、その息子であるエサウとヤコブがそれぞれカイン(サタン側)とアベル(神側)の立場に立ち、実体基台を立てることになりました。

胎内での争い

“アダムの家庭を中心とする復帰摂理”で学びましたが、アダムとエバは堕落することにより神様とサタンの両方に相対する中間位置に立つこととなりました。そのため摂理を進めるためにはサタン側の表示体と神様側の表示体に分ける必要がありました。そのそれぞれの表示体がカインとアベルであり、時代は違えと同じような形で分けられたのがエサウ(サタン側)とヤコブ(神側)でした。そのため聖書にはエサウとヤコブが母親・リベカのお腹の中にいる時から争っている姿を描写しています。

 「その子らが体内で押し合ったので、リベカは言った。“こんなことでは、わたしはどうなるでしょう”彼女は主に行って訪ねた。主は彼女に言われた。“二つの国民があなたの胎内にあり、二つの民があなたの腹から別れて出る。一つの民は他の民より強く、兄は弟に仕えるであろう”」(創世記25・22-23)

それではエサウとヤコブは母親の胎内でなぜ争っていたのでしょうか?それぞれサタン側と神側の立場に立っていたため、善と悪の争いを象徴的に語った文章だと理解できますが、ここでは具体的な“なにか”のためにエサウとヤコブは争っていました。それが“なにか”を聖書ではこのように説明しています。

「彼女の出産の日が来たとき、胎内にはふたごがあった。先に出たのは赤くて全身毛ごろものようであった。それで名をエサウと名付けた。その後に弟が出た。その手はエサウのかかとをつかんでいた。それで名をヤコブと名付けた。」(創世記25・24-26)
ヤコブがエサウのかかとを掴んでいた理由はただ一つ、エサウよりも先に母の胎内から出ようとしたからでした。母の胎内から先に出るということ、つまり“長子権”をかけてエサウとヤコブは胎内から争っていたのでした。長子権とは神様の愛と祝福を全て受け継ぎ、それを全人類に分け与える権利、人類始祖アダムが所有していた権利でした。

しかし堕落によって長子権はサタンに奪われてしまいました。天使長とエバの間に起こった最初の堕落(霊的堕落)が長子(カイン)に結実し、アダムと堕落したエバの間に起こった堕落(肉的堕落)が次子(アベル)に結実したからです。そのため次子のヤコブは長子エサウが持つ長子権を復帰することでアベルの立場を復帰しなければいけなかったのです。

エサウとヤコブは双子として生まれましたが、容貌も性格も全く違う兄弟だったようです。エサウは全身毛深く狩猟者となりましたが、ヤコブは毛深くはなく穏やかで家事を好んだそうです。双子でも性格が全く違うということは珍しくありませんが、容貌が全く違うということは二人が二卵性の双子だったと暗示しています。二人の活動領域が違うため、自然と父であるイサクは活動的なエサウを愛し、母のリベカは家事を助けてくれるヤコブを愛するようになりました。

長子の特権を復帰するヤコブ

ある日ヤコブがレンズ豆のあつものを料理していると、野からエサウが帰ってきました。エサウはヤコブにこう言いました。「わたしは飢え疲れた。お願いだ。赤いもの、その赤いものをわたしに食べさせてくれ」。するとヤコブは交換条件を提示します。「まずあなたの長子の特権をわたしに売りなさい」。エサウはこう答えました「わたしは死にそうだ。長子の特権などわたしに何になろう」。こうしてエサウは長子の特権を軽んじて、長子権を売り渡しました。ヤコブは更にエサウに確認を取って、パンとレンズ豆のあつものを渡しました。こうしてヤコブは象徴的に長子権を復帰し、具体的にアベルの立場を復帰していくことになります。しかしこのできごとは後々、エサウとヤコブの間に大きな不和を生むことになるのです。

 

Category: 誌面説教②