Subscribe via RSS Feed

イスラエルの伝統を築いた人々 その1:モーセ②

<成和学生会報2014年5月号掲載>b.moses

 

パロ宮中での苦悩

 「モーセはエジプト人のあらゆる学問を教え込まれ、言葉にもわざにも、力があった。四十歳になった時、モーセは自分の兄弟であるイスラエル人たちのために尽すことを、思い立った。」(使徒行伝7・22-23)

エジプトの王子として育てられたモーセがいかなる少年時代を送ったのか、出エジプト記は何も語ってはくれません。後にイエス様の弟子であった殉教者ステパノは、最期の説教でモーセに触れています。

エジプトで最高の学問を身につけ、文武に長けた王族としての教育を受けながら、その出自が、奴隷のくびきにあえぐイスラエル民族だと知っていたモーセです。いかに富と地位に恵まれた栄華な生活ができたとしても、苦しむ兄弟たちの姿を目の当たりにすると心が痛むのです。モーセは40年もの間、なぜ自分だけがこのような身分にあるのか、悩み孤独な心を抱えて生きてきました。

もし、彼に命を与えた母親が先祖アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフの物語を語り聞かせていたとしたら、その心にイスラエル民族の父祖たちの苦悩がよみがえってきたでしょう。そして、モーセは悟ったに違いありません。神は選ばれた民の命を救うために、自らをパロ宮中につかわし、エジプトの王子とした、と。旧約聖書には記されてはいませんが、ステパノは、時が来てモーセがいよいよイスラエル民族のために尽くす決意をしたと語ります。

 

エジプトの役人を打ち殺す

これまでの長き沈黙を破って、人生の一大転機となる事件が起りました。

「ある日のこと、同胞の所に出て行って、そのはげしい労役を見た。彼はひとりのエジプトびとが、同胞のひとりであるヘブルびとを打つのを見たので、左右を見まわし、人のいないのを見て、そのエジプトびとを打ち殺し、これを砂の中に隠した。」(出2・11-12)

人目を忍んで、イスラエル民族の実態を見に出かけたモーセの目に映ったのは、泥まみれになって働く同胞たちの姿でした。そして、彼らがエジプトの役人にひどく鞭打たれているのを目撃します。

ユダヤの律法学者たちは、この事件の背景を思いめぐらしています。それによれば、“好色なエジプトの役人が、ヘブルびと(イスラエル人)の夫が働きに出ている隙に、彼の家に押し入り、その美人の妻に暴行を働いたのではないか。そこに戻ってきた夫に見られたので、彼を打ち叩いて自らの悪行を隠蔽しようとしたのではないか”と言うのです。

そんな場面に出くわしたモーセでした。重い労苦にあえぐイスラエルの同胞に対する同情はもとより、彼らの純潔までも汚すエジプトの役人を見逃すわけにいきません。神の教えに従えば、姦淫は死に値する罪なのです。憤りを覚えたモーセはエジプトの役人を一撃のもとに殺してしまったのです。

同胞たちを思ってやったことでしたが、その行為は深刻な事態を招きかねません。人々に知られることを恐れて役人の遺体を隠しました。

 

荒野へ逃れる

翌日、再び様子を見に出かけたところ、昨日のできごとは、もう皆に知れ渡っていました。争う二人のヘブル人の仲裁に入ったモーセに対して、一人がこう言ったのです。「エジプトびとを殺したように、あなたはわたしを殺そうと思うのですか」(出2・14)

この男たちは、奴隷でありながら、エジプトの役人とも通じていたのかもしれません。支配者に取り入ろうとしてモーセの秘密を暴露していたとしても不思議ではありません。

「パロはこの事を聞いて、モーセを殺そうとした。」(出2・15)

うわさはパロの耳にまで届いてしまったために、モーセは荒野に逃げるしかありません。民族の苦痛は、さらに長引くことになりました。

数日間、歩きとおして荒野を越えると、そこはミデヤンの地です。疲れ果てて井戸の傍らに座り込んでいると、祭司の娘たちが羊に水を飲ませるためにやってきました。すると後からきた羊飼いたちが妨害したので、正義感の強いモーセは羊飼いを撃退し、祭司の娘たちを助けました。

娘たちは、すぐさま家に帰って父エテロに報告したので、モーセは大切な客として迎えられました。偶像崇拝をやめてしまったエテロとその家族にとって、唯一の神を知るモーセは力強い見方に見えたのです。祭司はモーセを気に入り、娘であるチッポラを妻に与えました。

ひとまず安らぎの家庭を得たモーセでしたが、そこが安住の地でないことはよく分かっていました。苦しむ同胞たちを忘れられず、かといって彼らにその思いが通じるわけでもない、深い孤独を抱えたままでした。長男にゲルショム(外国に寄留する者)と名づけ、帰るべき故郷があることを忘れないようにしたのです。

Category: 誌面説教