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イスラエルの伝統を築いた人々 その1:モーセ①

<成和学生会報2014年4月号掲載>finding

 

ヨセフを知らない王

「ここに、ヨセフのことを知らない新しい王が、エジプトに起った。」(出エジプト記1・8)

イスラエル民族の父祖ヤコブとその一族は、神の後押しによって、ヨセフのいるエジプトに移り住みました。ヨセフが王の信頼を勝ち得ていたので、彼らは歓迎されて、しばらくは豊かに平安に暮らすことができました。

 「イスラエルの子孫は多くの子を生み、ますますふえ、はなはだ強くなって、国に満ちるようになった。」(出エジプト記1・7)出エジプト記はそこから始まります。
しかし、異邦で勢力を拡大すると、人々の嫉妬を呼び起こすものです。それまでは家族のようにもてなされていたのに、ヨセフがこの国に尽くした功績が忘れら去られると、今度は厄介者になったのです。

人々はイスラエル人を厳しく扱い、重い労役を課すようになります。その後、王朝が変わると、さらにひどいことになりました。エジプト王は、イスラエルの助産婦に命じて、男の子を生まれる前に始末するよう命じたのです。しかし、神を恐れる助産婦は言い逃れをして、その命令に従いません。ついに王は「ヘブルびとに男の子が生れたならば、みなナイル川に投げこめ。」(出エジプト記1・22)と全国民に命じたのです。

ヤコブ一族がエジプトに移住してから400年を経て、イスラエル民族はこのような状況下に置かれたのです。それは、「あなたの子孫は他の国に旅びととなって、その人々に仕え、その人々は彼らを四百年の間、悩ますでしょう。」(創世記15・13)と神がアブラハムに言われていたからです。

 

モーセの誕生

それでも神はイスラエル民族を見捨てたわけではありません。いずれ故郷に戻すと約束していました。時が経って、その兆しが現れました。エジプトで苦役にあえぐイスラエル民族の中に、レビ族の一人の男の子が生まれました。麗しい子であったので、両親は尊く思い、役人に見つからないように隠しました。3ヶ月間は隠し通すことができましたが、これ以上は難しいと判断して、パピルスで編んだ籠の中に入れ、ナイル川の岸の葦の茂みにそっと置きました。神は必ずこの子を守って下さると信じながらも、姉ミリアムは弟の様子をじっと見つめていました。

すると、エジプトの王女が沐浴をするために川辺に降り来て、この籠を見つけました。開けると、中には美しい男の子が寝かされていて、いきなり大きな泣き声を上げました。かわいそうに思った王女は、“ヘブル人”の子であると分かりながら、我が子として育てると言い出したのです。こうして死ぬはずであった子が、不思議にも生かされ、モーセと名づけられ、エジプトの王子として育てられることになるのです。

 

姉の機転と母の協助

さらに、この時の姉の機転がモーセを助けました。子を産まなかった王女は、その子を引き取ったとしても、自ら乳をやることはできません。母乳が出ないからです。そこで、モーセの姉は、勇気を出して王女に申し出ました。

 「わたしが行ってヘブルの女のうちから、あなたのために、この子に乳を飲ませるうばを呼んでまいりましょうか」。(出エジプト記2・7)

王女はその提案を受け入れました。姉はすぐさまモーセの実の母親を連れて戻ります。王女はそれと知りながら、彼の養育を彼女に託しました。

モーセの母親は、生みの親でありながら乳母としてモーセを育てます。彼女は、その子を神によって生命を与えられた貴い子として敬意を払い大切にしました。自ら胸に抱いて乳を飲ませ、手を取り、下の世話をするのも、嬉しく、幸福でした。

この母親は賢い女でしたから、我が子にただ乳を飲ませるだけでなく、霊的生命の糧となる先祖の物語、神から頂いたみ言を語り聞かせたに違いありません。それは、イスラエルの父祖たちの物語。神から呼ばれ約束の地まで出てきた父祖アブラハムとその子イサクのできごと、勝利者といわれる3代目のヤコブ、そして、奴隷の身に落とされながらも、エジプトの宰相にまでなったヨセフの4世代に渡る物語です。

物心つく前からモーセは、自らがいかなる者であるかを知っていました。例え王子として人々の上に立ったとしても、神の僕、選民の一員であることを。しかも選民たちは、今では思いくびきを負わされ厳しい労働に服していることも分かっていました。そして、この民を選ばれた方は、いつか必ず彼らを解放して下さることを心に覚えていくのです。

数年後、母親は、乳離れしたモーセを連れて女王の許に行き、エジプトの王子として捧げました。それゆえに、彼は王宮という環境にあっても、40年間自らを失うことなく、志操を守り通していくのです。

Category: 誌面説教