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原理講論を読もう♪㊽

<成和学生会報2014年3月号掲載>Page0001edi

 

アブラハムの立てた信仰基台

前回は神様に召命を受けたアブラハムが中心人物になるためにアダムの位置を復帰したところまで説明しました。今回は中心人物となったアブラハムがどのように信仰基台を立てたのかを学んでいこうと思います。

アブラハムが信仰基台の条件物として立てたのは、象徴献祭としての“供え物”でした。聖書で神様がアブラハムに供え物を指示されたのは、子供のいないアブラハムに子孫繁栄という大きな祝福をされた後でした。アブラハムは歳をとっても子供がいなかったため、自分の召使の子供が家督を継ぐだろうと考えていました。しかし神様は「あなた(アブラハム)の身から出る者が後継ぎになるべきです」(創世記15・4)と語り、聖句の中でも最も有名な祝福をアブラハムに与えます。「天を仰いで星の数を数えることができるなら、数えてみなさい…あなたの子孫はあのようになるでしょう」そして更にはアブラハムにカナンの地を与えることを約束します。アブラハムはそれを信じつつも「主なる神よ、私がこれを継ぐのをどうして知ることができますか?」と、その確証を求めます。そこで神様は「三歳の雌牛と、三歳の雌ヤギと、三歳の雄羊と、山ばとと、家ばとのひなとを私のところに連れてきなさい」とアブラハムに献祭を命じます。これはノアが箱舟を降りた時に供え物を捧げ、神様から祝福を受けたケースと似ています。つまり供え物の儀式を通じて神様の祝福の確証を得ているのです。

 

供え物が象徴するもの

しかしこの時の供え物は単なる神様の祝福の裏付けをとるための供え物ではなく、“メシヤのための基台”を立てるために必要な“信仰基台”を勝利するための条件物でした。それではアブラハムが捧げた供え物は何を象徴しているのでしょうか?

供え物の3種類の動物は3段階の成長過程を通じて完成する天宙を象徴していました。つまりハトは蘇生(旧約)、羊は長成(新約)、そして雌牛は完成(成約)を象徴していることになります。この3種類の供え物を一つの祭壇に乗せて捧げたのは、それまでの復帰摂理のアダム(蘇生)、ノア(長成)、アブラハム(完成)というみ旨から見た3代に渡って蕩減復帰しようとした縦的な摂理を、アブラハムの時代に横的に完成するためでした。つまりアダムとノアが成しえなかった“メシヤのための基台”を、アブラハムは自らの代で必ず勝利しなければいけなかったのです。

ところがアブラハムは、雌牛と羊は二つに裂いて供えましたが、ハトは裂かずにそのまま置いたので、荒い鳥が供え物に降りてきました。アブラハムはその荒い鳥を追い払った後、深い眠りに襲われました。すると恐ろしい暗闇がアブラハムを覆い、神様の声が聞こえました。「あなたはよく心にとめておきなさい。あなたの子孫は他の国に旅びととなって、その人々に仕え、その人々は彼らを400年の間悩ますでしょう。」(創世記15・13)ハトを裂かなかったことが供え物として相応しくなかったため、神様はこれを受け取ることができず、それだけでなくアブラハムの子孫が400年間奴隷として仕えることになったのです。

 

鳩を裂かなかったことの意味

何故ハトを裂かなかったことが失敗の原因となったのでしょうか。それはこれまでの摂理を見るとわかってきます。アダム家庭ではアベルを善に、カインを悪に分立して象徴献祭をおこないました。ノア家庭では箱舟とその他の世界を善と悪に分立して条件を立てました。このように条件物を捧げる時は必ず善と悪に分立して善主権を復帰することに大きな目的があります。同じようにアブラハムが条件物を裂くということは、第一にアベルとカインを善悪に分立したアダム家庭の立場を復帰し、第二に洪水審判で善悪を分立したノア家庭の立場を復帰し、第三にサタン主管下にある被造世界から善主権の世界を分立する条件を立て、第四にサタンとの血縁関係を通して入ってきた死亡の血を分立(聖別)する意味がありました。

こういった意味を土台に考えると、ハトを裂かずに供え物をしたということは善なるものを捧げるのではなく、サタンのものをそのまま捧げた結果となり、サタンの所有物であることを確認した行為になってしまったのでした。またハトは蘇生を象徴していたため、最初の段階で善悪を分立することができなかったので、羊(長成)も雌牛(完成)も正しく供えることができない結果となってしまいました。結局はこれがアブラハムが信仰基台を失敗する原因となり、イスラエル民族がエジプトで400年間苦役する原因となりました。

アブラハムはハトを裂けなかったのではありません。ハトを裂かなかったのです。そしてアブラハムは眠気に襲われてハトを裂かなかったと誤解しやすいのですが、アブラハムは間違いなく自分の意思でハトを裂かなかったのです。当然アブラハムは供え物を裂かなければいけないということをよくわかっていました。それでもハトを裂かなかったのはアブラハムが供え物を軽んじていた、誠意を持って供え物に臨む姿勢がなかったからです。

本来は信仰基台に失敗した時点で摂理は次の中心人物へと移っていかなければいけません。しかしみ旨から見てアダムから3代目にあたるアブラハムは必ず勝利しなければいけない立場にいたため、摂理はもう一度アブラハムを中心に準備されることになるのです。

Category: 誌面説教②