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公的生活

<成和学生会報2014年1月号掲載>055編集後

 

最も苦労された方

世の中で最もかわいそうな方は誰でしょうか。神様です。最も多くの苦労をした苦労の大王は誰でしょうか。神様です。人間を創造されたその日から、人間を見るまいとしても見ざるを得ない運命を抱えた父の立場にいらっしゃる神様、春夏秋冬はもちろん、6000年歴史の中で、一時でも、一瞬でも手放すことができない人間の姿を見つめながら、苦しみあえぎ、泣き叫ぶことをご自身の生活哲学とされ、それを掲げて人間を支えてあげる生活をしてこられた神様は、どれほどかわいそうな方でしょうか。

 

神様が協助される人

神様が誰を見て統一教会を協助することができるでしょうか。皆さんは、「私を見て協助してください」と言える人にならなければなりません。「神様は私のために協助される」と言える生活にならなければならないのです。「私を中心として、神様が協助されるそのような人にならなければならない」、これが先生の生活哲学であり秘密です。皆さんを見て、神様が統一教会を押してくださるかということが問題です。

先生は、人間が行くべき道を行く人、すなわち神様が願われる人、神様が同情することができる人、そして、神様の前で今まで流してみることができなかった新しい涙を流すことができる人、自分の生涯において、どのようにしてこのような人になれるかを考えてきました。今まで流してみることができなかった新しい涙を流して死のうというのが、先生の生活哲学です。イエス様は、どれほどの心情をもって亡くなったのでしょうか。先生は、それ以上の心情を持つことによって、神様が、「あなたは私よりも立派だ」と言い得る人にならなければなりません。

 

神様が好まれる人

皆さんは、公的な管理を尊重視しなければなりません。物なら物を大切にするのです。先生が幼い時、ノートを使うときには、線が引かれた部分から書くのではなく、一番上から書きました。ある時は、一ページに二度ずつ書いたこともあります。そのようにすれば、もう一冊分ノートにかけるのです。ですから、物を大切にしなければなりません。

それでは、神様はどのような人を好まれるのでしょうか。公的な立場で、公的管理を生活哲学としていく人を好まれるのです。万物に対しても、やはり同じです。これが天地の道理であり、天法なのです。

先生は、精誠を尽くす人にはどうすることもできません。それで、今まで統一教会を率いてきながら、二人の人がいれば、その二人のうちどちらかが優れているかを解決しなければならないときには、顔の良し悪しを見るのではなく、心がどこに向かっているのかを見ました。つまり、私的か公的かを見たのです。

皆さんがこのような原則を中心として、公的な道を歩んでいけば、絶対に滅びません。絶対に滅びないのです。ですから皆さんは、物を公的に管理し、人に公的に対し、天に公的に侍るのです。これをきちんとしている人たちが集まって夫婦になったならば、その家庭を中心として、新しい民族と新しい世界が形成されるのです。したがって、より公的な生活をする皆さんにならなければなりません。

私たちは公的な存在です。レバレンド・ムーンもそうです。私は、神様のために生き、人類のために生きる代表者です。公的な存在だと考えています。公的な存在が、「ああ、私はお腹が空いているので、ご飯を食べてからやろう」と言うことができますか。「私は寝ていないので、寝てからやろう」と、それは通じないのです。食べること、着ること、眠ること、遊ぶこと、すべて忘れて神様のために、人類のためにするのです。これが統一教会の文先生の生活哲学です。

【後天時代の生活信仰p115-119より抜粋・編集】

Category: み言の学校