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原理講論を読もう♪㊺

<成和学生会報2013年12月号掲載>Page0001①

 

洪水審判

先月号ではノアが巨大な箱舟を造り、40日間の洪水審判を経ることで信仰基台を勝利した内容を勉強しました。箱舟は天宙を、ノアの家庭は人類を、そして箱舟に乗った動物たちは万物世界を象徴していること、そして40日間の洪水審判は天使長との不倫なる血縁関係を結んだ四位基台(ノアが生まれるまでの10代の全て)を蕩減する期間だということを学びました。

そのため洪水審判の間の箱舟は天地創造が成される直前の混沌した世界―聖書の表現を借りれば「地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてを覆っていた」(創世記1・2)期間―を象徴していました。ですから40日の洪水審判が終わった後の期間は、神様が天宙の創造を完成した後の期間を意味していました。今月号は40日の洪水期間が終わった後のノア家庭について考えてみようと思います。

洪水審判40日の後、箱舟はアララテの山に留まります。そして水が引いて山の頂が見えてきた頃、ノアは1匹のカラスを箱舟から放ちます。カラスは地上に水が引いて留まるところはないか探して飛び回りました。次にノアは鳩を放ちますが、やはり留まるところがなかったため箱舟に戻ってきました。その7日後にノアはもう一度鳩を放つと、鳩はオリブの若葉を咥えて戻ってきました。更にその7日後にノアが鳩を放つと、鳩は水が引いて留まるところを見つけたからか、箱舟に戻ってきませんでした。

 

人類歴史の象徴

この一連の行動はノアが水の引いた乾いた土地があるかどうか確かめるためにカラスや鳩を放ったように見えますが、箱舟の洪水審判は人類歴史を蕩減する条件だったため、カラスと鳩を通じて天地創造から人間始祖の堕落、その後の罪悪歴史全てを象徴的に表示していました。

まずカラスを放って飛び回らせたのは、人間の創造直後に天使長がエバの愛を奪おうとしたり、またカインとアベルが献祭を終えた後にサタンが堕落性に侵入しようと機会を窺っていたように、洪水審判直後もサタンはノア家庭に侵入する条件がないか虎視眈々と狙っているという様子を象徴的に表したものでした。

次に最初の放った鳩は人間始祖アダムを象徴していました。神様はアダムを通して創造理想が地上に実現されることを願いましたが、堕落によりその理想をいったん地上から取り戻す(鳩を箱舟に呼び戻す)ことになったことを象徴しています。次に7日後に放った鳩は第二のアダム、イエス様を象徴していました。イエス様は復帰摂理を完成されるためにこの地上に来られますが、鳩が咥えていたオリブの葉は、み旨成就を意味していました。しかし一方で鳩が結実(オリブの葉)を手に入れながらも箱舟に戻ってきたのは、もしもユダヤ人がイエス様を不信すればそのみ旨を成就することなく十字架にかかるであろうことを意味していました。神様の復帰摂理は必ず人間の責任分担が必要になるため、このように両面性を持ってイエス様のみ旨成就を象徴していることがわかります。

そして最後に放った鳩は第三のアダム、再臨主を象徴していました。鳩は乾いた土地を見つけ戻ってきませんでしたが、この様子は再臨主が必ず神の創造理想を地上で完成するという復帰摂理の成就を象徴していました。実際にノアはこの三度目の鳩が戻って来ないことを確認して家族と、動物たちと共に箱舟を出ました。そしてノアは祭壇を築き、神様に燔祭を捧げます。神様はこの燔祭を受け取られながら、二度と人類を滅ぼすようなことはしないと約束されます。そしてノアと、その子供たちを祝福してこう語られました。「生めよ、ふえよ、地に満ちよ。地のすべての獣、空のすべての鳥、地に這うすべてのもの、海のすべての魚はおののいてあなたの支配に服し、全て生き動くものはあなたがたの食物となるであろう」(創世記9・1-3)人間始祖アダムとエバに与えた祝福と同じ祝福をノアの家庭に与えていることが分かります。

 

ノア家庭の失敗

これは何度も説明していますが、洪水審判40日はそれまでの人類の罪悪歴史を蕩減した条件になったため、ノアが箱舟から出た時は、天地創造を終えた直後と同じ時を意味していました。そのため神様はノアの家庭をアダムとエバのように祝福して、新しい世界を出発されようとしたのでした。

しかしこの神様の望まれた新しい世界を台無しにする事件が起きてしまいます。ある日、ノアはぶどう酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になって寝ていました。そこに3兄弟の二男ハムが入ってきて、父親の酔いつぶれた姿を発見します。ハムは外にいる二人の兄弟にそれを告げ、彼らは着物を取って肩にかけ、後ろ向きに歩み寄って、父の裸を覆い、顔をそむけてわざと父の裸を見ないようにしました。

酔いからさめたノアは自分の体が着物で覆われているのを見て激怒します。しかもその怒り方は常識を超えた怒り方でした。ノアはハムにこう言い放ちます。「カナン(ハムの息子)は呪われよ。彼はしもべのしもべとなって、その兄弟たちに仕える。」(創世記9・25)普通に考えれば、裸で寝ている父親に着物をかけるという行為は褒められこそすれ、非難されることではありません。しかしノアの怒り方は、まるで何か取り返しのつかないことをやってしまったかのように叱責しています。来月号は何故ノアがこのように怒ったのか、そしてノア家庭の実体基台の結果と教訓を学んでいこうと思います。

Category: 誌面説教②