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感謝する生活

<成和学生会報2013年12月号掲載>お母様

 

昨日より今日を感謝する

 私の一生の目的はただ一つだけです。いかにして昨日より今日をより感謝する心で生きていくかということです。今日を昨日よりもっと感謝し、明日は今日よりもっと感謝しながら生きるために努力してきました。日々感謝する心を持つことが私の人生の目標でした。しかし、皆さんに私の心情を率直に告白すれば、日々感謝する心を持つためには、私自身が強く決意し、前進しなければならないと思うのですが、時には弱くなったり、感情的になったりします。それゆえに、皆さんがそのような点において私を理解してくださればと思います。

私はいつも、神に向かう信仰生活をするにおいて、より真実なる道はどのようなものであるかと考えています。私たちが神のみ旨をはっきり、そして確実に知る方法を知っていればいいのですが、時々それが分からずに挫折したりします。それは人間であるゆえではないかと思うのです。ですから、神に対する絶対的な信仰を持つことにおいて最も良い方法は、神様とお父様のみ旨に従順であることだと思います。

 

不平を言ってはならない

お父様がダンベリーに出発される直前に語られたのですが、「不平を言ってはならない。立てられた立場で感謝し、感謝することによって完全に一つになった時、大きな奇跡が起こるのである」と言われました。

お父様の路程を皆さんはよくご存知です。お父様は崇敬されるために来られました。もし世の人々がすでにお父様を受け入れていたなら、お父様の路程は今日とは全く違う形で展開されたでしょう。ところが、お父様は世の人々から反対を受けながら、寂しい苦難の路程を歩んでこられたのです。

しかし、いかなる反対と迫害があっても確実なことは、お父様は神のみ旨を成就してこられたということです。お父様はいつでも天の父のみ旨のために全てを投入しながら、微塵も退かなかったのです。

 

お父様の歩み

皆さんは先輩の証を聞いて、お父様が過去歩まれた路程をすべて知っておられます。言うならば、誰にも負債を負わず、かえって他の人々に負債を負わせながら生きてこられました。そしていつでも他の人の為に生きてこられたのです。

お父様がダンベリーに行かれる時、私はお父様が心の中で悲壮な決意をされるのを感じました。もし人々が自分の責任分担をよく履行したならば、お父様はこのように難しく困難な道を歩んでこられなかったでしょう。反対と苦難の道の代わりに、勝利者としての栄光の道があったことでしょう。しかしお父様は、言葉で言い表せないほどの苦難の道を歩んでこられました。一旦その道が運命の道であると思われたら、常にご自分のことは忘れて神を慰め、その状況の中でも最善の道を通じて神に喜びを捧げながら、生きてこられました。

お父様は面会に行く私と子どもたちを慰め、勇気を与えるために神経を使われます。お父様は私たちに「私の生活は心配するな。断食や祈祷よりずっと楽だから」と言われました。お父様はまた私に言われました。「2000年前、イエス様は一人でカルバリ山を越えて行かれた。その時は、誰の助けもなく、理解もない中で、一人で行かれた。甚だしくは、弟子たちからの同情もなかったのだ。今私には多くの支持者があり、宗教指導者たちがおり、世界至る所に理解してくれる正義の勇士たちがいる。だからレバレンド・ムーンは一人ではない」と話されながら、私たちを安心させてくださいました。また次のようなことも言われました。「私の監禁によって、長い間の念願だった統一が可能となり、2000年が過ぎた今、それが成されようとしている」ということです。

ここまでのみ言の内容は、お父様のメッセージを伝えたにすぎません。そのためにまず成さなければならないことは、皆が一つになって堅固な信仰を見せなければならないということです。特に今は、イーストガーデンの真の家庭を中心として全ての祝福家庭が一つになることが、内的統一なのです。外的統一は、私たちが全ての宗教団体と一つになることです。

【韓鶴子女子御言選集 愛の世界p61-65より抜粋・編集】

Category: み言の学校