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自己主管

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<成和学生会報2013年11月号掲載>

 

宇宙主管を願う前に

 “宇宙主管を願う前に自己主管を完成せよ”というのが私の生活哲学です。宇宙主管を願う前に、世の中のあらゆるものと関係を持つ前に、自己主管を完成しなさいと言いました。主人になることができ、師になることができ、父母になることができるこの良心に、自分の体が千年、万年侍ったとしても不足な自分であることを発見する時、初めてここに天運が臨むのです。心は体のために生きたいと思いますが、体は心のために生きようとしません。

 

私自身が問題である

問題は自分自身にあるのであって、社会にあるのではありません。自分の家に問題があれば、兄が悪く、姉が悪く、父が悪いからではなく、自分が悪いからです。自分から正しく立て直し、それから他の人が悪いという第二、第三の批判基準を立てるのです。自分が一つになってこそ、堂々と一つになった世界で暮らせるのであって、自分が一つになっていないのに、全体が一つになった所にどのようにして近付くのですか。自動的に退いていくようになるのです。心を踏みにじり、心を否定し、心を苦しめ、心を締め付ける体が主人になってはいけない、という事実を知らなければなりません。体を捕まえて、心のように“為に生きる”ようになった時には、幸福が訪れてきます。ここに神様が臨在されるのです。

 

心と体の統一

私は、生涯をかけて、“為に生きよ!宇宙主管を願う前に自己主管を完成せよ!”という真の価値観の理念で今まで世界の若者たちを指導してきました。皆さんは、真の父母、真の師、真の主人の三大主体思想で武装し、真の父母のように、強靭な肉体と健全な精神の調和統一を必ず成就していかなければなりません。原理的に見る時、完全な人間は、精神と肉体が神様の心情と絶対価値を中心に統一的な関係を持ち、健康な状態と正しい役割を果たさなければなりません。

つまり、いくら健全な精神を持っていても、健康な肉体を持てなければ、完全な人になることはできず、それと反対に、健康な肉体を所有していても、精神が正しくなければ、正しい人の役割を果たすことはできません。このような事実を認識し、皆さん全体が、心と体の正しい統一を成就していけるよう、絶えず先頭に立つことを願います。

 

“私”を克服する

世界を占領するよりも、自分自身に与えられた環境を占領する方がもっと難しいことを、皆さんは知らなければなりません。国を背負って私に反対するサタンや、社会を足場として反対するそのサタンが恐ろしいのではなく、その悪が恐ろしいのではありません。私の本心を取り巻く善の前に、直接的にぶつかっている“私”という存在が、どれほど恐ろしいものかを知らなければなりません。したがって、この“私”をどのように克服するかという問題が、信仰者にとっては最も重要な問題なのです。

 

善なる心を築こう

私たちが行くべきただ一つの道は、どこにあるのでしょうか。心の声にあるのです。ですから、善なる心をどのようにして外形的な版図に広げていくのかということは、天国を所有でき、最も善で、最も尊いものを所有できる基盤を築くという問題に直結しているのです。これを一日の生活哲学として、一日一日の生活目標として立てて闘争していくことが、社会や民族、または国家に影響を与えるよりもっと貴いことを、皆さんは知らなければなりません。

【後天時代の生活信仰p102-105より抜粋・編集】

Category: み言の学校