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子女教育の大敵、無関心と過干渉

<成和学生会報2013年8月号掲載>

子女教育の大敵である無関心と過干渉についてご説明します。

 

無関心

先月の7月19日、板橋区の路上で、小学2年生と中学3年生が何者かに切り付けられるという事件が起こりました。このニュースは当時話題になりましたが、その理由は意外なものでした。それは、警察が捜査を進めた結果、その事件は2人の子どもの嘘であったことが分かったのです。2人が嘘をついた理由は、“親に心配してもらいたかった”というものでした。

マザーテレサは「愛の反対は憎しみではなく無関心だ」と説きます。子女教育においても無関心が大敵であることは、多くの教育者が実感する内容です。実際はそうでないとしても、私たちが日常に忙殺される中で、子女は両親から自分たちへの無関心さを感じている場合があるのです。

“生”と“性”と“食”をテーマに全国講演される助産師の内田美智子氏は、著書『ここ食卓から始まる生教育』の中で、若者の性の乱れの原因を食卓に見出しました。子どもたちは、帰宅後に食卓に置かれたメモ書きとレトルト食品を前にして、“親の無関心”を痛感します。親の忙しさは、子どもたちにとっては言い訳になりません。“性教育は生教育”と説く内田先生は、愛情と関心のこもった食を通して若者の非行を防げる、と熱弁されます。

 

過干渉

“カーリングママ”という言葉があります。冬の氷上のスポーツであるカーリングを例えに用いた言葉です。子どもが進む道を氷上を磨くように一生懸命に準備し、全てにおいて干渉し導こうとする母親を揶揄した言葉なのだそうです。思春期は親離れが進み、一人の自立した大人としての一歩を踏み出す年頃です。時には心配でも、子女の成長を少し離れた場所で見守ることも必要になる時期です。“子育て四訓”では、“乳児はしっかり肌を離すな。幼児は肌を離せ、手を離すな。少年は手を離せ、目を離すな。青年は目を離せ、心を離すな。”と言い、子どもたちの問題行動に対して親子関係を見直す必要性を訴えています。

 

手のひらの上の生卵

手のひらの上で生卵を握っている状態から、無関心と過干渉のバランスを例えられます。手のひらを広げ過ぎると、生卵は転がり落ちて割れてしまいます。逆に、強く握り過ぎるとやはり生卵は圧力で割れてしまうのです。私たちは、思春期特有の微妙な心の動きを察知してあげながら、深い関心と愛情を持って、また将来まで視野に入れた知恵深さを備えながら、天が願われる子女教育に取り組んでいきましょう!神霊と真理に満ちた家庭から、真のご父母様が願われる霊性と知性を兼備した成和青年が育つ環境を共に創造しましょう。

Category: ご父兄、二世担当者様へ