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神の真の対象

<成和学生会報2013年8月号掲載>350 (2)

 

人生で最も尊いもの

皆さんは、もし誰かに「あなたの人生において最も尊いものは何ですか?」と聞かれたなら何と答えますか?ある人は“力”、ある人は“金”、またある人は“知恵と知識”と答えるかもしれません。これらは人生において最も重要なものなのでしょうか?

この問いかけに対して深く掘り下げてみると、やがて、人生で最も貴いものは“愛”である、という結論に到達します。そして、愛に次いで貴いものは“生命”それ自体です。さらに我々は、愛と生命とをもったならば、さらにもう一つのもの、“理想”を必要とするのです。これら三つの要素“愛と生命と理想”は単にその価値において、貴く深遠であるというのではなく、これらの要素自体がまさしく我々の人生を生きがいあるものとなさしめるものなのです。

もっと深く考えてみましょう。全ての人々は、永遠の生命を慕い求めます。同様に、人間の愛と理想を表現するにおいても、生来それが不変であり、唯一であり、永遠であることを願うのであります。

“愛”と“理想”という言葉は、それ自体が独自に意味をもつものではありません。愛は愛する者と愛される者とがあって初めて存在するのです。また、理想は誰かによって分かち合われなければならないのです。愛と理想とは、相対的に補足し合う、“授受”の関係が成立するときに生きたものとなるのです。我々人間は対象の立場にあり、常にその主体的存在を必要としています。愛と理想とは、二つのものが主体と対象の関係をもって存在するときにのみ、初めて、つぼみから花へと開花するのです。

 

宇宙の根源

この宇宙の原因、根源は人間なのでしょうか、それとも、誰かが我々人間を造ったのでしょうか?自分自身を創造することすらできない人間が、どうして宇宙の原因たることができるでしょうか。我々人間は結果的な存在であるということは明白であります。我々自身の存在に対して明確に認識し得るように、この根本的実在に関しても明確に認識しなければなりません。その原因なるものを、我々は“神”と呼ぶのです。

では、我々の問いかけを神に向けてみましょう。「神様、あなたにとって最も貴いものは何ですか?」答えは、皆様や私の答えと何ら変わらないものでありましょう。「愛と生命と私の理想とが私にとって最も尊いものである」と神は答えるでしょう。

神はすべてのものを造られ、すべてのものは彼のものなのですから、彼はお金を必要としません。彼は、既にすべての力の根源であります。彼は全知であり、すべての知識の源なのです。しかしながら、彼は愛と生命と理想とは、ご自身一人で持つことは決してできないのです。彼は、相対関係において誰かと共に授受し合う必要があるのです。全能なる神であっても、お一人では愛と生命とそのご理想の価値を体験することはできないのです。それゆえに、神はご自身の対象として人間を造られたわけなのであります。

あなたがどれほど裕福で、どれほど有名であったとしても、あなたの喜びと悲しみ、意見と理想とを分かち合える、授受する誰かがいなければ、あなたは一人の哀れな人でしかありません。我々が喜びや悲しみを感ずるのは神の心が喜びや悲しみを感じられることができるからです。神は、第一の人格であり、人間の人格はその神から来るのです。

 

真の対象

では我々は、いかにして神の真の対象となり得るのでありましょうか。神と一つになるためには、ただ一つの道しかありません。それは愛を通して、神との愛の中に一つになる道であります。

今の時代はこの神と人間との基本的な関係を正しく成就すべき時なのです。主体と対象とは、ちょうど原因と結果が一つであるように、一つでなければなりません。

平和と幸福と喜びとは、愛における調和から生まれるものであります。それゆえに、神は、その創造のご理想において、神と人間との関係を愛において調和し、生命において調和し、理想において調和し合いながら生きるものとして計画されたのでありました。

【祝福家庭と理想天国Ⅱp250-257より抜粋・編集】

Category: み言の学校