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絶対信仰・絶対愛・絶対服従

<成和学生会報2013年8月号掲載>1990年6月2日

 

投入して忘れる

 完全に生まれ変わった新しい人になるためには、神様を中心として絶対信仰、絶対愛、絶対服従を実践しなければなりません。私もやはり、生涯を通してこれを実践してきました。

神様は、宇宙を創造される時、絶対信仰をもって造られました。さらに神様は、私たち人間を愛の絶対的パートナーとして造られたのです。そして絶対服従とは、自分自身までもすべてなくして完全投入することを意味します。このように投入して忘れ、投入して忘れ、ついには自己概念までもすべてなくなるゼロ・ポイントに進入するのです。

愛を否定されてももっと愛し、投入してももっと投入してこそ、怨讐を真の愛で自然屈服させる位置まで行くようになるのです。神様がそのような道を歩んでこられ、天地父母がそのような道を歩んでこられたのです。

 投入して忘れ、投入して忘れることを継続する人が中心者となり、全体相続者となり、孝子の中の孝子になります。家庭の中におじいさんやおばあさんなど、10人の家族が暮らしていたとしても、一番“為に生きる”人が家庭の中心になるのです。国においての愛国者も同様です。投入して忘れるほど、忠臣、聖人、さらに聖子として決定されるのです。

 

三大格言

蕩減条件を撤廃させ得る福のある内容をもった三大格言とは何かというと、絶対信仰、絶対愛、絶対服従なのです。神様ご自身も天地を創造される時に、絶対信仰をお持ちでした。“私が言えば絶対的に成される”ということです。“そのできた万物は流れていくのではなく、永遠に愛の相対物として残る”と、このような絶対信仰、絶対愛の心をもって創造されたのです。

その次に、絶対服従とは、神様ご自身が存在意識までもすべてなくなった位置です。自分という意識がありません。愛の相対は自分よりも価値があるということを知っていて、何千万倍素晴しくなることを願うので、100パーセント投入しても何千万倍投入したいと思う心があるのです。それは絶対信仰、絶対服従です。服従には、自分という意識概念はありません。

天下が否定したとしても、神様が否定したとしても、「私の父と母はこうです」、「私の母は、おじいさんやおばあさんを愛し、絶対信仰しました。曾祖父も曾祖母も愛しました。四代です。絶対信仰、絶対服従してきました」と言えば、神様がなんだかんだと言われるでしょうか。

 

成約時代に成すべきこと

絶対信仰の先祖を立てなければなりません。それは誰ですか。アブラハムを信仰の先祖と言いました。それは旧約時代です。イエス様は愛の先祖です。絶対信仰、絶対愛、絶対服従において、アブラハムは、信仰の先祖であり旧約時代です。イエス様は、愛の先祖であり新約時代です。再臨主は、絶対服従の主人です。それを知らなければなりません。天が提示されることに対しては、異議がありません。自分が描いていた未来を自ら壊してしまい、その命令されたことを実行する時には、何千年の歴史を飛び越えるようなこともしてきたのです。

絶対信仰、絶対愛、絶対服従は、旧約時代、新約時代、成約時代を表象した根源的な言葉なので、神様が創造された被造世界全体の中で、どのような小さな存在でも、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の上に存在するのです。これは驚くべき話です。ですから、成約時代に来て、絶対信仰、絶対愛、絶対服従しない人は、その人自体、その家庭自体が悪くなって消えていく群れです。地獄で水のように流れていってしまう群れです。

皆さんの人生も、今からこの絶対信仰、絶対愛、絶対服従の三大原則に従って実践さえすれば、天上の五大聖賢はもちろん、皆さんの善なる先祖たちが総動員され、皆さんの幸福を保証してくれるでしょう。皆さんが父母のために、夫婦はお互いのために、兄弟姉妹がお互いのために、このような秩序的基準の信仰と愛と服従を施してみてください。そこにどうして利己的な個人主義や、享楽ばかりを追求する非原理的な根が伸びて入ってくることができるでしょうか。皆さんが絶対的基準に立ちさえすれば、天も絶対的基準で皆さんを保護し、守ってくださるのです。

【後天時代の生活信仰p67-76より抜粋・編集】

Category: み言の学校