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神様と共に歩んだ父祖たち その3:ヤコブ⑤

<成和学生会報2013年7月号掲載>Peter_Paul_Rubens_185

 

エサウの心を溶かしたヤコブ

 「さてヤコブは目をあげ、エサウが四百人を率いて来るのを見た。」(創世記33・1)

天使との闘いに勝利したヤコブは、イスラエルの名を持ってヤボク川を渡りました。いよいよ故郷が近づいてきたので、前方を見ると、兄エサウが大勢の人々を連れてやって来るのが見えました。物々しい様子は、とても懐かしい弟を待ちわびて急いで迎えに出て来たようには見えません。

しかし、意を決したヤコブに、もはや恐れはありません。先頭に立って家族に的確な指示を与えます。三つのグループに分け、つかえめジルパとビルハとそれぞれの子らを先頭に行かせます。続いてレアとその子供たち、最後尾には愛するラケルとヨセフが進みます。ヤコブの姿勢に呼応して、妻も子も、皆心一つに行動しました。

一歩進んではひれ伏し、また一歩進んではひれ伏し、七度ひれ伏してエサウに近づくヤコブ。徹底した恭順の姿勢を見せ、敵意や憎しみを抱かず、悪意も野心も何も無いことを示しました。ヤコブがここまで懐に飛び込んで来るとエサウも悪い気はしません。

祝福をだまし取った憎き弟に殺意を抱き続けた歳月がどれほど長かったでしょうか。目の前に現れたヤコブの繁栄ぶりをみれば、離れていた間の弟の生活が容易に推察できます。母の故郷とはいえ、たった一人異郷で生き延び、妻子を得てこれほどの財産を築くには相当な苦労があったに違いありません。

お父様はこの時のエサウを見てこう言われます。

  「エサウが、『弟は恐ろしい。神様が本当に弟を祝福したのだなあ。長子の特権を売ったのは私の過ちだった。そうだ、私が間違ったのだから、私は弟に及ばない。これから弟が来たら反対してはいけない。歓迎しなければならない』と思ったのです。神様がアベルと同じようにされるのだなあということを分かったのです。」

確かに神様はヤコブと共にいて彼を祝福されたのだと悟ったエサウです。彼はヤコブに駆け寄り、彼を抱きしめて歓迎し、共に泣きました。ヤコブは兄の態度が変わり喜びをもって迎えてくれた姿をみて、「あなたの顔を見て、神の顔を見るように思います。」(創世記33・10)と兄に言葉をかけました。そして、ハランで苦労して得た財産のすべてを贈り物として差し出したのです。それによってエサウの頑な心は完全に溶かされていきました。

お父様は、今度はヤコブの心をこう語ります。「彼の心は、神様が兄エサウを罰せず、自分に祝福されたように兄を祝福してほしいと祈る思いでした。そのような理由でエサウはヤコブを殺そうとしなかったのであり、それでエサウもやはり神様から祝福を受けたのです。」

こうして和解をなした兄弟は、互いを気遣いながら平和裏に共存することになります。

 

帰還報告

ヤコブはシケムに天幕を張り、そこで落ち着き始めました。その時、神様はヤコブに言われます。「あなたは立ってベテルに上り、そこに住んで、あなたがさきに兄エサウの顔を避けてのがれる時、あなたに現れた神に祭壇を造りなさい。」(創世記35・1)

ヤコブがハランの地へ出発したときは一人でした。孤独な旅立ちの最初の夜に神様と出会ったところがベテルです。“神の家だ”“天国の門だ”と感嘆したところです。彼の21年の歩みを支えた原点です。その場所に、今度は妻子たちや僕たちもみな伴って行けというのです。

アブラハムの時から、この一族を導いてこられた主に感謝を捧げるためでした。ヤコブにつき従う家族らも、偶像を捨て、唯一の神の御前に進み出ます。わが家族は、偽りの神に隷属するものではなく、こぞってアブラハムを召した方に従い、共に生活する決心を表明することになります。

「あなたをこの地に連れ帰るであろう」と約束された神様は、ベテルに戻ったヤコブを歓迎して言われます。「あなたの名はヤコブである。しかしあなたの名をもはやヤコブと呼んではならない。あなたの名をイスラエルとしなさい。」(創世記35・10)

ヤコブは天使と戦い勝利した者、兄エサウを許し、愛し、その心を溶かして兄弟が一つとなることを成し遂げた者として、神様は彼が“イスラエル”の名を冠することを許諾しました。そして、あの時と同じ祝福の言葉を送りました。

 「一つの国民、また多くの国民があなたから出て、王たちがあなたの身からでるであろう。」(創世記35・11)

この言葉どおり、神様の恵みを受け、ヤコブの子らは産み増えて、やがてイスラエル選民を形作ることになります。そして将来、その民族の中にイエス様が誕生するのです。

Category: 誌面説教②