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伝統

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<成和学生会報2013年6月号掲載>

伝統を受け継ぐ者

一つの家庭を中心として見れば、その家庭の伝統を受け継ぐ者は、年寄りではなく若者である。一つの国家も、その国の伝統を受け継ぐ者は、やはり青年である。

例えば日本の国についていえば、日本の国の伝統を受け継ぐ者、またそれを全体に引率させる者が、正当な伝統を引き継がなかった場合には、この日本の将来というものはとんでもないことになる。世界を背負う者、理想世界を建設する者、あるいは全ての責任を持つべき者は、いったいどういう者であろうか。世界を背負う者、世界の新しい伝統を立たせる者、そういう者はやはり青年であって、神の摂理から見ても、神に至る伝統を青年たちによって立たせて欲しいというのが、神の切なる願いである。

各時代の中心人物

旧約時代を振り返るというと、旧約時代はみんなおじいさんが伝統を立たせてきた。ノアのおじいさんや、アブラハムのおじいさん。ヤコブは例外だけれど、モーセにしても、みんな年寄りだね。しかし新約時代に移ってくると、洗礼ヨハネを見ても、イエス様を見ても、青年だね。二十代と三十代の期間において全ての天の伝統を受け継いで、その伝統を現実の世界に結ぼうとしたその中心的存在が、イエス様あるいは洗礼ヨハネだった。そのイエス様に、洗礼ヨハネを中心として神の国の理想的な現実的伝統を築いたとするならば、その伝統はイエス様を中心として、後世に世界的伝統基準として定立したに違いないだろう。青年というものは、まだまだ社会に接していない、一方に向かっている時期である。自分の熱い心の中で決めたものには、直ちに行動する。だから、先生によって教えられたその内容を、直ちに実行して、自分を築こうと願うのが、これが青年あるいは学生である。神様も何としても、年寄りよりも青年を願うことになるというのがその思いに違いない。だから成約時代は、青年を中心として出発するのが原理的だ。

伝統を築く

伝統はどういう目的に向かっていくのであろうか。我々はこのことをはっきりと知らなければならない。まずもって個人完成を目標としなければならない。国を救う前に氏族を救わなければならない。自分の家族を救う前に自分自身を救わなければならない。我々統一教会の成約時代において、神様の願うところは、老年でもなければ壮年でもない。これはまさしく青年を願うに違いない。君たちの年齢は、まさしく成約時代のすべてを背負う神の希望の中心として召され、中核の使命を果たす。そればかりでなく、中心的な基準を立たせるにふさわしい存在であると言っても、それは間違いないと思う。それは日本ばかりではない。海外の統一教会メンバーは、みな青年である。アメリカでは、平均年齢をとってみれば、23から25歳というような年齢である。この若き者たち全員が、目的に向かって行動するのに、命を捧げ、全てを捧げていくんだと決意し、日々生活していくならば、その生活の背後には新しい伝統が築かれるに違いない。

このような青年がいてこそ、未来の日本は新しい希望を抱くことができる。ここにおいて、日本の祝福を受けるような目標を持つことはもちろんであるが、明日を創り、世界を創る、という決意に燃えて、アジアの青年と手をつなぎ合って、超国家的な行動を実践的に成していくならば、世界的な一つの中心なる道として現れていく。君たちは、そのような伝統を受け継ぐ使命を持っていると共に、受け継いだ伝統をまた築き上げなければならない。

今、我々統一教会としては、この観点から見た時に、世界的青年の教育と理念を、正しく一つの方向に、超民族的に固める教育制度が必要になってきた。ここに集まった青年たちは、この世的に汚れていない素直な心をもっている。その新しい心に新しい決意をもつ。その決意の自信をもって、心身が一つになり、神に完全に愛される完成された男女となれば、いかに神様が喜ぶだろう。堕落する前にアダムとエバを眺めていた神はどれだけ希望をもって眺めていたことか。そう思う時に、こういう立場が今の成約時代の我々青年ではないか。

【祝福家庭と理想天国Ⅱp354-356より抜粋・編集】

Category: み言の学校