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正午定着

32B (2)<成和学生会報2013年6月号掲載>

正午に見えなくなる影

 正午には影が見えなくなります。だからといって影がなくなるのではありません。影はあるのです。その中に入っていて見えないだけです。現れないだけであって、相対的概念がないのではありません。影がなくなるのではなく、一つになっているので現れないのです。これは、垂直においてのみあることであって、ほかの所ではありません。それは零点統一です。天国とは何かというと、影のない所です。昼と夜がありません。真の愛だけが完全に太陽のようになっている所です。その下には影がありません。私の中に入っていくのです。

 朝に定着して日が昇ってくれば、影が西の方にでき、午後に定着すれば、西の方の影が東の方にできるのです。ですから、完全定着とは何かと言うと正午です。“12時、ジャスト”というときにまっすぐ立てば、自分の周辺の360度から影が消えるのです。

影のない生活

 それでは、心と体が闘えば、影が生じるでしょうか、生じないでしょうか。闘って体が強ければ左側に影ができ、心が強ければ右側に影ができるのです。「完全に一つになって初めて影のない正午定着になる」と言いました。正午定着できない人は、この門を通過する道理がありません。今からは刃物を突き立てて誓い、傾いた姿勢を正さなければならないと決意して、“自分を屈服させなければならない”と千回、万回命令しなければなりません。裁判長の神様に代わって自分に命令しながら、絶対服従が絶対一体圏を成すと思って、「安心してくださいますように」と言える自分を取り戻してこそ、天の国を建設できる勇士となれるのです。

ロトの妻

 皆さん、ロトの妻が後ろを振り返って塩の柱になり、人類の信仰者たちの教訓になっていることを知っているでしょう。私は、後ろを振り返らず、毎日、前進的一日と正午定着で、いつも天に侍って暮らしているので、祈祷が必要ない生活をしたという事実を、皆さんは記憶しなければなりません。生活自体が祈祷であり、生活自体が前進だったことを知らなければなりません。

生活を点検せよ

 皆さんは、毎日、毎瞬間、自分自身の生活を点検して生きなければなりません。学生時代に試験問題を前にしてその答えが“○”か“×”か分からず、どぎまぎした経験があるはずです、皆さんの一生も同じです。数えきれないほど変化無双に展開する皆さんの日常生活の中で、毎瞬間、皆さん自身が自分の生活を“○”と“×”の概念で分析し、点検して採点する生活をしてみなさい。

 皆さんの答えが“○”の時は、皆さんの生活が肯定的で希望的であり、縦的に天に軸を立てて影のない正午定着的な生活を送っている時なのです。“為に生きる”真の愛の精神で怨讐までも許して包容する、深くて広い生活をしているのです。しかし、皆さんの答えが“×”の時は、不安と焦燥、恨みや猜疑心などの否定的な要素で心がいっぱいになった恥ずかしい姿です。それは、心と考えが狭く、偏狭で、周囲のだれも目に入らない利己的で個人主義的な生活の姿です。

心身が一体となる生活

 明るく燃える太陽を見上げても恥ずかしくなく、広大無辺の宇宙に対しても堂々としていて、森羅万象の前でも一点の隠すものもない真の“○”を探し立てる生活を送ってください。“○”は和合と統一と平和の象徴です。“×”が死亡の象徴ならば、“○”は愛と生命を意味します。心と体が完全に一体となる時、皆さんの姿は“○”として顕現するのであり、心と体が葛藤して混乱を起こすとき、皆さんの姿は“×”として現れるのです。

【後天時代の生活信仰p24-33より抜粋・編集】

Category: み言の学校