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忠孝思想

338<成和学生会報2013年5月号掲載>

忠孝思想は韓国人の中心思想

韓国人は、古くから忠孝の志操が高い民族です。最後に神様に忠誠を尽くして孝行する民族なので、今日、その忠孝精神が国家の中心思想になったのです。沈清の父母のために尽くす哀切な孝行心、春香の夫に対する志操、鄭夢周の君主に対する忠誠、柳寛順の殉国精神、このような忠孝の志操は、古今東西、どこにもその類例を見ることができない韓民族の魂です。

このような忠孝の精神と、松と竹のように固い志操は、今後成し遂げられる地上天国の中枢的思想と精神になるのです。天国は神様の国なので、その国のために永遠に忠誠を尽くさなければならず、神様は人類の父であられるので、その父に永遠に孝行しなければなりません。世界の様々な民族をいくら試験してみても、韓国のように忠孝の情熱と志操が高い国はないので、神様は、韓国を選んで訪ねてこられるのです。

愛を中心とした四段階

人間世界で生きる時、愛を中心とした孝子が最初の円であり、忠臣はその外側の円です。これが大きくなっていきます。この円が、聖人はもっと大きく、聖子はもっと大きいのです。ですから、これをきちんと並べれば、その一点は孝子です。孝子が最初です。その次に忠臣、聖人、聖子、この四段階です。

その中心は垂直です。垂直を中心としています。すべて中心は一つです。二つではありません。愛は中心が一つです。それゆえに、父母の前における孝子は地獄に行きません。国の前における忠臣は地獄に行きません。救世主を信じなかったとしても、それは、自然に収拾するようになっています。ですから、聖人は地獄に行きません。

聖人、聖子は忠孝の完成者

忠臣、聖人、聖子、これらはすべて核ですが、何を根拠として核になっているのでしょうか。それが愛だということを人間は知りませんでした。しかし、漠然とそのように立ててきたということは、今後、終わりの日の時代に定着し得る安定点は、愛以外にはないということを意味しています。それゆえに、男性と女性の夫婦同士で愛する人こそ、孝子になるのです。孝子になり、忠臣になるのです。忠臣になり、聖人になるのです。聖人になり、聖子になるのです。

聖子になって、すべての相続権をもつのです。このようにして神様の息子になれば、神様も私のものになり、神様がもっているものも私のものになり、今後、神様が創造することのできる希望的な未来のものも私のものになるのです。

真の父母様は忠孝の標本

忠臣とは何でしょうか。国王に対して精誠を尽くす人が忠臣でしょうか。違います。民を国王と同じように愛することのできる人が忠臣だというのです。孝子とは何でしょうか。父母のために精誠を尽くす人ではありません。父母を愛するのと同じように、兄弟のために精誠を尽くす人が孝子だということを知らなければなりません。

真の聖子、神様の息子、娘とはどのような人でしょうか。神様を愛するのと同じように、神様に属するすべてのもののために歩もうとする人が聖子です。

それゆえに、私は聖子の道を歩もうというのです。先生は、神様も愛していますが、人類も愛しています。怨讐であるアメリカまでも愛しているのです。神様がご覧になる時「私の息子よ」とおっしゃることのできる人は、神様を愛するのと同じように、人類のために生きる人なのです。

ご自身のことを忘れて人類のために生きる神様なので、自分を忘れて人類のために生きるのです。そのように生きる人が孝子だというのです。その定義をはっきりと知らなければなりません。

私たちは、孝子の道と忠臣の道から聖子の道を尋ねて行くのです。聖人の道を尋ねて行くのではありません。そのような内容を中心とした孝子の道理と忠臣の道理を通じて、聖子の道理を成し遂げてこそ、その国が何の国となるのですか。地上天国です。そこで生きれば、そのまま天国に行きます。そのようにすることが神様の創造理想だったのです。

【天聖経・真の孝の生活より抜粋・編集】

Category: み言の学校