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再創造の道

427  2007年9月15日<成和学生会報2013年5月号掲載>

縦横八段階の蕩減路程

僕の僕から僕、養子、庶子、直系の子女、母、父、神様までの八段階です。八段階が残っています。それを、はっきりと知らなければなりません。統一教会の責任者になる前に、その国の僕にならなければなりません。そのようにしなければ解放の道がありません。僕、そして養子の扱いを受けなければなりません。庶子の扱いを受けなければなりません。そして直系の子女になり、こうして上がっていくのです。

この段階に上がっていくときは、必ず蕩減がなければなりません。サタンと決闘し、神様の公判によって勝敗を決定することができなければ、蕩減路程を行けますか。とんでもないというのです。氏族の蕩減路程を行けないのに、民族の蕩減路程を行くことはできず、国家の蕩減路程を行けないのに、世界の蕩減路程を行くことはできず、世界の蕩減路程を行けないのに、天宙の蕩減路程の道を行くことができますか。それを、はっきりと知らなければなりません。

蕩減復帰は再創造

私たちが復帰路程を行くにおいて、なぜ蕩減法を重要視しなければならないのでしょうか。それは、摂理的に見るとき、神様が創造されたものを人間がすべて滅ぼしてしまったので、私が再創造しなければならないからです。再創造するためには、神様が創造の役事をするときに精誠を尽くされたので、私も精誠を尽くし、その条件で復帰するのです。

神様がこの宇宙を造る時、遊びながら、踊りながら造られたのではありません。あらゆる精誠を尽くし、100パーセント投入して造られました。神様が創造された時のように、私が再創造するのが復帰の道なのに、それをただ遊びながらするのですか。

本来、アダムとエバが成長の各段階を完成するにおいては、それぞれの責任分担が与えられました。一段階の成長期間にはその段階の責任分担、つまり三段階の成長には三段階の責任分担を完遂しなければなりません。

ここには例外がありません。すべての人は、同じ条件をもっていて、責任を完遂することによって成長できるのです。もし神様が、堕落人間に同じ量の責任分担を要求されたならば、堕落前の本来の位置に私たち自身を復帰できるという希望は少しもありません。責任分担を完遂できる機会を失ってしまった代わりに、私たちは、蕩減条件を立てなければならないのです。

自らの責任分担で善悪を分立

人間は、自分が今暮らしている所が善と悪を中心として善の側か悪の側かを決定しなければならない、中間の立場にいます。また、私が善の方向に行くのか悪の方向に行くのかも、第三者の力を借りて決定するのではなく、自分自らの判断によって決定しなければなりません。さらには、責任分担を果たすことができずに堕落した人間の子孫となった私たちは、必ずこれを決定しなければならない重大な岐路にいることを知らなければなりません。

蕩減条件は、自分自身が立てなければなりません。他の人が代わりに立てることはできません。堕落は、主管圏を失ったことを意味するのです。アダムが責任分担を果たせなかったので、私たちが責任分担を果たすにおいて、誰かの協助を受けては、その使命を完遂できない立場にいます。最後の決定は、私たち自身がするのです。言い換えれば、善の人になるのか、悪の人になるのかを決定するのは、神様がしてくださるのではなく、私たち自身がしなければならないのです。

私たちはまず、天国家庭を成し得る人格者にならなければなりません。言い換えれば、個人完成を成さなければならないのです。個人完成を通して真の人格者になろうとすれば、心と体の統一を完成しなければなりません。心と体を統一させ得る唯一の道は、為に生き、真の愛で投入したのちに忘れてしまい、絶対服従によって、対象としての主体的愛の主人を完成させる絶対価値観の実践しかないのです。

【後天時代の生活信仰p17-23より抜粋・編集】

Category: み言の学校