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神様と共に歩んだ父祖たち その3:ヤコブ②

Michael_Lukas_Leopold_Willmann_001<成和学生会報2013年4月号掲載>

ハランへの出立

 「エサウは父がヤコブに与えた祝福のゆえにヤコブを憎んだ。」(創世記27・41)

長男の権利と祝福を弟ヤコブに奪い取られたエサウは、憎しみのあまり、いつか弟を殺そうという思いを抱くようになりました。そのことを知った母リベカは、ヤコブのために取り計らいます。

イサクには、ヤコブが兄のように異教の女を妻にするようなことのないように、親族のところに送るよう説得しました。それを良しとしたイサクは、ヤコブを祝福して、母の故郷ハランに送り出します。

その時、父は子に命じました。「あなたはカナンの娘を妻にめとってはならない。立ってパダンアラムへ行き、あなたの母の父ベトエルの家に行って、そこであなたの母の兄ラバンの娘を妻にめとりなさい。」(創世記28・1-2)そうすれば、全能の神が多くの子女を与えて、やがて国民となって、約束の地を受け継ぐことになるというのです。

これにより、ヤコブのハランへの出発は、命を惜しんでの逃亡から、神様がアブラハムに与えた祝福の継承のため、家庭を立てるための新しい門出に変わりました。

ベテルで神と出会う

父の祝福を受けて送り出されたヤコブは、荒野を一日進み、日が暮れたのでそのところで野宿をしました。夜、そのあたりの石を枕にして眠りに就くと、不思議な夢を見ました。天に達する梯子が立っていて、それをみ使いたちが上り下りしているのです。驚いているヤコブの耳に主のことばが聞こえてきました。

 「わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。あなたが伏している地を、あなたと子孫とに与えよう。…わたしはあなたと共にいて、あなたがどこへ行くにもあなたを守り、あなたをこの地に連れ帰るであろう。」(創世記28・13-15)

夢の中で語られた主のことばが忘れられず、畏れと感動を覚えながら目覚めたヤコブは、「まことの主がこの所におられるのに、わたしは知らなかった」(創世記28・16)と感嘆の声を上げます。

これまで、長子権をめぐる兄との対立の中で、信仰の基準を立ててきたヤコブでしたが、まるでこの時初めて神様を知ったかのように見えます。しかし、彼はアブラハムの孫、イサクの息子です。思慮深く、長老の話に耳を傾け、父母のことばに従ってきたこの人物は、父祖たちの生涯を通して神様の存在を知り、父母の後姿に神様の陰を見ていたに違いありません。ところが、それまでは先祖や両親を通して遠く仰ぎ見ていたその方が、こんなにも身近に語りかけてくるというのは、初めてのできごとでした。

親元を離れ一人荒野に出て、先行きの全く見えない孤独の極みの中で聞いた神様のメッセージは、どれほどヤコブに勇気を与えたことでしょう。祖父アブラハムを呼び、父イサクを導いた神が、これからは自らと共におられるという、畏れ多いみ言です。

勝利の秘訣

「これは神の家である。これは天の門だ。」(創世記28・17)思わず声を上げたヤコブの、ベテルでの体験こそが、その後の人生を決定づけました。この“わたしの神様”との出会いこそが、21年に及ぶラバンの下での苦労の生活を勝利で結ぶ原動力になったことでしょう。

お父様もこのように言われます。「それでは、家族と親戚から追い出され、拒否される立場に立ったヤコブがその困難にどのように打ち勝てたのでしょうか。天から受けた祝福を忘れず、世の中が変わろうとどうなろうと私は変わらないという天に対する確固たる信仰があったからです。」(1958.3.30『世界経典Ⅱ』第9章)

それで、ヤコブは「あなたをこの地に連れ帰るであろう。」(創世記28・15)という神様のことばに信頼と希望を置いて出発することができました。

イスラエル民族の伝統は、このヤコブの勝利から始まりました。わたしたちが孝子となって、新たな伝統を打ち立てて行くためにも、やがて勝利者となるヤコブのこの体験を見つめ相続することは意味のあることです。

なぜなら、ヤコブに続く復帰摂理の中心人物たち、聖人義人たちは、多かれ少なかれ、ヤコブのように、人生のある局面で、決定的な神様との出会いを経験し、時々の使命を託される召命体験を持っているからです。現代においても、キング牧師、シュヴァイツアー博士、マザー・テレサなども皆、神様との出会いなくしては、世に感動を与える生涯を残し得なかったのです。彼らはただ社会の為に生きようとしただけでなく、神様から受けた愛に感謝し、それを世に表すために、全生涯をかけたのです。

Category: 誌面説教