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原理講論を読もう♪㊲

Page0001<成和学生会報2013年4月号掲載>

創造本然の人間に復帰する神の摂理

今月から原理講論の後編について勉強していこうと思います。原理講論の後編は主に歴史について語っています。アダムとエバの堕落によってサタンの主管下に落ちた人間を神様の側に呼び戻すために、神様は歴史を通じて摂理を展開してこられました。この歴史を“復帰摂理”と呼びます。この復帰摂理がスムーズに進めば、この世界には早い段階で“神様を中心とした地上天国”が建設されたはずでした。しかし残念ながら復帰摂理は失敗を繰り返し、失敗の度に次の世代へと延長されてきました。つまり“復帰摂理”を学ぶということは、摂理に失敗した歴史を学ぶことだと言えます。大事なことはその失敗した摂理からどのような教訓を学び取り、私たちの生活に生かしていくかです。こういった点を踏まえて原理講論の後編を学んでもらえればと思います。

復帰摂理の正確な定義とは、“堕落した人間に創造目的を完成せしめるために、彼らを創造本然の人間に復帰していく神の摂理”です。人間は堕落したため、サタンの主管下に置かれるようになりました。その人間を神様の側に復帰するためには、サタンを分立する摂理をおこなわなければいけません。ところでサタンを完全に分立するためには、内なる原罪(堕落によって生じた血統的罪)を清算しなければいけません。しかし堕落人間は自ら原罪を取り除くことはできません。必ず天の血統を持ったメシヤ、真の父母によって重生(生まれ変わること)しなければ、原罪を清算することができません。重生のための原罪清算の儀式こそ、真の父母様が与えて下さる祝福式ですが、詳しいことはまた後ほど説明しようと思います。

メシヤを地上に向かえる条件

それではどのようにすれば人類はメシヤを地上に迎えることができるのでしょうか。人間は長成期完成級において堕落し、無原理圏までその成長段階を落としてしまいました。この無原理圏からサタン分立の路程を通して、長成期完成級(アダムとエバが堕落した段階)まで成長すればメシヤを迎えることができるようになっています。これが個人としての条件です。また緒論には載っていませんが、メシヤを迎えるもう一つの条件は、神様の地上基盤がサタンの地上基盤に追い付いていなければいけません。例えばサタンの地上基盤として国家が成立しているのに対して、神様の地上基盤が全くない状態だとしましょう。そんな状況でメシヤを送ったとしても、個人の基盤しかないメシヤの活動はサタンの基盤である国家組織に阻まれてしまうでしょう。このようにサタンの地上基盤として国家があるならば、メシヤの善なる活動を後押しし、保護してくれる神の地上基盤が必ず必要になるのです。このように神様の地上基盤、善の版図を確保する摂理も復帰摂理の中でおこなわれてきました。

蕩減復帰節理の始まり

それではどのように復帰摂理がおこなわれてきたかを考える前に、堕落直後の人間がどのような立場に置かれているのか整理してみましょう。人間は堕落せずに完成し、神様と心情一体になることができれば、神様とだけ対する存在になるはずでした。しかし堕落してサタンと血縁関係を結んだため、サタンとも対応しなければいけない存在になってしまいました。したがって堕落直後、原罪だけがあり、他の善行も悪行もおこなわなかったアダムとエバは神様とも、そしてサタンとも対応できる中間位置におかれるようになりました。この中間位置にいる人間に対して、サタンは血統的な因縁を持って近づきますし、神様は創造主として近づくことができます。

しかし両者とも人間に近づき、対することはできますが、どちらの側に人間が分立されるかは、その人間自身の行動によって決定されます。つまり中間位置にいる人間が善なる条件をおこなえば神様の側に戻り、悪なる条件をおこなえばサタンの側に奪われるのです。

神様の側に戻るための善なる条件を“蕩減条件”と呼んでいます。蕩減条件とは、本来の位置と状態を失った時、それらを本来の位置と状態にまで復帰するために、その必要を埋めるに足る何らかの条件を言います。例えば仲の良かった友達と喧嘩をして疎遠になってしまった時、その関係を回復するためにはどちらかが謝罪をするなどの条件が必要になります。また仕事場で同僚の信頼を失ってしまった場合は、その信頼を取り戻すために仕事を一層頑張って結果を出すなどの条件が必要になります。堕落した人間が本然の位置と状態に戻っていくことを“蕩減復帰”といい、蕩減復帰のために立てる条件のことを“蕩減条件”といいます。この蕩減条件を立てて、堕落人間を創造本然の人間に復帰していく摂理を“蕩減復帰摂理”といいます。

この蕩減条件を立てることで人間は神様の側に戻ろうと、そして摂理を勝利しようと努力してきました。しかし残念ながらこの蕩減条件を立てる過程で失敗し摂理は長く延長を繰り返してきました。来月はこの蕩減条件をどの程度に立てなければいけないのか、どのように立てなければいけないのか、そして誰が立てなければいけないのか、ということを具体的に考えてみようと思います。

Category: 誌面説教②