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右手に神様、左手に世界を抱け!

<成和学生会報2013年1月号掲載>

石原Jr.STFディレクター

新年の挨拶

 全国の成和学生の皆さん、こんにちは。

 2013年が始まりました。2012年を反省し、来年の2014年に、どのような自分になっていたいかという目標を明確に立てて、この一年を出発していけるようにしましょう。よく“今年の漢字”と言って、その一年を漢字一文字で表すように、自分にとっての2012年の漢字、そして2013年に目標とする漢字を定めて、年の初めに書き初めしてみるのも良いかもしれません。ちなみに、私の2012年の漢字は“新”でした。

心に残るお父様の笑顔

 真のお父様を思う時、私には忘れられないお父様の姿があります。それは初めてお父様にお会いした時のことです。その時、お父様は清平で食口たちにみ言を語っていらっしゃいました。

 私は初めてお父様から直接メシヤのみ言を聞いたにも関わらず、その時のお父様のみ言は何も覚えていません(笑)。覚えているのは、お父様の笑顔と行動です。お父様は、「今でも先生はこんなこともできるんだ!若い者には負けないんだよ。」とおっしゃいながら、壇上に腰を付いて両足の裏を合わせ、身体を丸める柔軟体操を見せてくださいました。私がお父様を思い出す時、その時の本当に若々しく嬉しそうなお父様のお姿が、心に浮かんでくるのです。その度に、“今、自分はお父様より若々しいか”と、自分に問い掛けるものです。

世界を変えたキリスト教徒たち

 お父様は9月3日に聖和され、既に地上にはいらっしゃいません。お父様の声を聞きたくても聞くことができず、お父様の笑顔を見たくても、もう直接お会いすることはできないのです。お父様が生きておられた時、一度もお父様にお会いできなかった人もいると思います。そんな皆さんは、“お父様にお会いできなかった‥”という無念の思い、愛の減少感を感じることもあるかもしれません。お父様は今、私たちをどのように見つめておられるのでしょうか。

 お父様は、誰よりも神様を愛し、神様の夢を実現しようと生きられた方でした。その姿は、2000年前、十字架上で最期の瞬間まで神様の真の愛を示されたイエス・キリストの姿と重なります。今や世界は、イエスの生誕によって暦を数える西暦を用いています。イエスを中心として、世界は新しく始まったのです。そのように世界を変えたのは、イエスの愛と福音に感動し、その人生を捧げたキリスト教の人々でした。

 そしてそれは、イエスが生きておられた時に共に歩んだ人々ではありませんでした。むしろイエスが亡くなった後、直接イエスに会ったことがない人々が活躍したのです。彼らはメシヤに直接会えなかったとしても、その人生から真の愛を学び、福音を愛し述べ伝えていったのです。第一弟子のペテロもまた、イエスが十字架にかかられる時、イエスを裏切った立場に立ちました。その後霊的イエスに再び出会って、伝道の道を出発していったのです。

基元節を越えて

 私たちは今、2月22日(天暦1月13日)の基元節を迎えようとしています。基元節は実体的天一国の出発となる日であり、真の父母様を中心とする新しい時代が始まる時です。キリスト教がイエスの死後、世界を変えていったように、この世界を神様を中心とする世界へと実際につくりかえていく時は、お父様が生きてみ旨を進められた時代を経て、むしろこれから始まるのです。

 その担い手となるのは、お父様に会ったことがあるかどうかではなく、お父様に直接会えなかったとしても、“お父様の人生を慕いそのみ言を愛し実践していく人”です。そのような人が、実は最もお父様の心情に近く、お父様との思い出をつくっていく人に違いないのです。

 私たちに、“もうお父様にお会いできない”という寂しさがあるとしても、私たち以上にそのような心情を持たれているお父様だと思います。私がかつてお会いしたお父様は、食口たちと触れ合う時、食口たち以上に嬉しそうにされるお父様だったからです。本当の親、家族のように。

 そうして、“悲しんでいる暇はないんだ!”と、私たちを激励してくださっているお父様なのではないでしょうか。

 最後に、私が座右の銘としているお父様のみ言を紹介します。「私たちの夢は、右手で神様をつかみ、左手で世界をつかんで生きていくことです。」(二世の道p.118)

 お父様は、神様と人類のために人生を生き抜かれました。私たちは、お父様のように、右手に神様、左手に世界を抱きながら、将来に備え、今に投入する成和学生となりましょう。

Category: 二世へのMessage