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原理講論を読もう♪㉝

sasie②絶対的な神の予定

 前回はキリスト教で語られている“予定説”とは何であるかを簡単に考えてみました。“神の予定”とは人間の努力や実力などを超越して存在する“絶対的”なものであり、救いを受ける間は神の予定で既に定められています。聖書の中にはこうした絶対的な“神の予定”を立証する聖句もあれば、それとは反対に人間の意思と行動を強調する聖句も存在します。そのためキリスト教の中でも“予定説”の見解は分かれており、未だ万人が納得する“神の予定”を説明した人はいません。今月はこの“神の予定”について、原理講論を中心に整理してみようと思います。

 原理講論では、“神の予定”を漠然と人間の人生に限定するのではなく、その範囲を“み旨”、“み旨の成就”、“人間”に分けて考えています。

 まず“み旨に対する予定”から考えてみたいと思います。“み旨”という言葉を皆さんもよく聞いたことがあるかと思います。“み旨”とは言い換えれば“神様の願い”だと言えます。神様はアダムとエバが創造目的を完成し、善なる家庭を築き、それを世界に拡大させることを願われました。しかし、堕落によってその願いは霧散し、神様は“願い”を成就するために堕落した人間を救う復帰摂理を開始されました。つまり“み旨”とは復帰摂理の目的の成就を意味するのです。神様は善なる主体であるため、その創造目的もやはり善であり、復帰摂理の目的も善であり、そして“み旨”もまた善なるものとしてのみ予定できます。逆にいうと、神様は創造目的に反するもの、例えば、人間の堕落や堕落人間の審判、宇宙の滅亡などを予定することはできないのです。

 それでは“み旨”はどの程度に予定されているのでしょうか?100年だけといったように期間限定的に予定されているのではありません。神様は唯一、永遠、普遍なる絶対者であられるため、創造目的も同じように絶対的であり、同じように“み旨に対する予定”も絶対的なのです。アダムとエバが堕落して創造目的を完成できなかったとしても、“み旨に対する予定”が絶対的であるため、神様はその後の中心人物たちを通して復帰摂理をおこない、創造目的を完成しようとされたのです。このように神様の復帰摂理の目的成就という“み旨”は、決して変わらない“神の予定”なのです。

み旨の成就と責任分担

 次に、“み旨成就に対する予定”について考えてみましょう。“み旨の予定”は絶対的なものなので、人間が関与することはできません。しかし、“み旨の成就”には必ず人間の責任分担が必要になります。創造原理で学んだように、人間の完成には“神の責任分担(95%)”の他に“人間の責任分担(5%)”が必要です。同じように“み旨の成就”にも人間の責任分担が必ず必要なのです。エデンの園でアダムとエバが“取って食べてはならない”という戒めを守らなければ完成できなかったのも、その戒めが彼らの責任分担だったからです。このように“み旨成就”のためには人間の責任分担が必須ですが、アダムとエバのように責任分担を果たせるかどうかは、あくまでも人間次第です。そのため“み旨成就に対する予定”は、あくまでも相対的にならざるを得ないのです。

相対的な人間に対する予定

 最後に“人間に対する予定”について考えてみましょう。“み旨に対する予定”は絶対的な神様によるものであるため絶対的なものですが、人間の責任分担が必要となる“み旨の成就に対する予定”は相対的になると整理しました。み旨成就が相対的であるということは、そのキーマンとなる“人間に対する予定”も相対的とならざるを得ません。つまり、中心人物が責任分担を果たせなかった場合は、その中心人物に代わり、異なる中心人物が立てられるのです。

 アダムとエバが堕落した後、新しい中心人物としてアベルとカインが準備されました。カインがアベルを殺害したことによって摂理に失敗すると、ノアの洪水摂理がおこなわれるようになりました。しかし、ノア家庭もハムの不信により摂理に失敗すると、アブラハムが立てられ、新しい摂理が展開されました。このように、“人間に対する予定”は、その責任分担によって左右されるため、相対的なものとなるのです。

 このように“神の予定”とは、“み旨”に対しては絶対的ですが、その“み旨の成就”と“人間(中心人物)”に対しては相対的であるということがわかりました。そのため“み旨”は、成就されるまで時代を経て予定されていくのです。

 しかし“再臨主(メシヤ)”においては代身者という概念が存在しません。“再臨主”はお父様お一人だからです。お父様は“再臨主”としての全ての責任を果たされて聖和されました。しかし、私たちの責任がこの地上にはまだまだたくさん残っています。神様のみ旨が地上で成就される様子を霊界におられるお父様にお見せすることができるよう、私たちも責任分担をしっかりと果たしていきましょう。

(成和学生会報2012年12月号掲載)

Category: 誌面説教②