Subscribe via RSS Feed

心身統一

61ab175c心身統一の訓練を通して

 宗教家の伝統の中で、真の父母様ほど心と体の統一を強調した前例はないでしょう。私自身も自らの霊的訓練過程を通して、心と体が一つにならなければ真の夫婦になれないことを切実に悟るようになりました。もちろん、私自身が完全な境地に至ったと言っているのではありません。完全だと主張する誰もが、実際にはそうではないでしょう。しかし、少なくとも私は、自らに対して厳正であると同時に、より平和で幸福な自分自身になれる方法を見つけました。ですから、私は、皆さんがこのような内的姿勢を持って、心身統一のための訓練をすることを願うのです。人生という戦場で突然受ける驚きと失敗、または克服すべき数多くの難関があるとしても、この訓練を通して皆さんは、いかなる恐れに対しても勝ち抜けるという勇気に満ち溢れるようになるでしょう。

勝敗を分ける“精神”

 ある人は、必要な知識や経験を切磋琢磨しなければならないと言うかもしれませんが、多くの場合、戦争での勝敗を分けるのは“精神”という勇士です。ここでいう精神とは、疑心、恐怖、臆病など、あるいは自信と勇気、大胆さなどで溢れているということではなく、全体的で内的な姿、あり方を意味します。

 古代の東洋に、「大きな力は弱いところから出てくる」という言葉があります。この言葉は、人に温和で親切に、同情することがより大きな力をもたらすという意味です。ここで見られるように、戦士の精神はいつも荒々しいばかりではありません。忍耐し、沈黙できる力を持っているのです。どのような状況でも完全に適応でき、変化できる姿勢を作ることにより、戦士は予測できない環境でも、常に勝利することができるのです。

“最も深い根”

 私は、全世界の統一教会員たちと“心身訓練のための修養”に関する内容を分かち合おうと思うのです。皆さんの内的な指針になることを願っています。真のお父様は、心と体の間の葛藤が、神様とサタンとの争いにおいての“最も深い根”であると語られました。

 経験できないことは完全には信じられませんが、一連の修練過程を通して、皆さんは、心と体の葛藤と、それが誘発する息詰まるような緊張感と不安感を直接体験するでしょう。しかし、それを経験する段階で終わるだけでは、十分ではありません。心と体の統一のための効果的な教育法が、その次の段階として残っています。

 経験の後には、必ず分析が伴わなければならず、その後にこそ、経験は、単純な反復ではない斬新な効果をもたらすことができます。感じて分析し、そして粘り強い訓練を通して、私たちは、み言を成就できるのです。真の父母様が私たちに教えてくださったことを実体化、具体化させることができるのです。ある問題に対して話すばかりでなく、問題を解くための方法を探し出さなければなりません。その根は、分裂した心と体であり、私たちが持つ方法は、心身統一の訓練です。

良心は神様に勝る

 統一教会創立50周年の記念式で、お父様は次のように語られました。

 「皆さん、良心は皆さんの主人です。皆さんの師です。皆さんの父母の代わりです。良心は、皆さんのすべてのことに対して誰よりも先に知っています。皆さんの考えまでも、隅から隅まで知っているのが皆さんの良心です。師より、父母より、神様よりも先に知っています。(中略)父母の代わりに贈ってくれた良心を、無慈悲に蹂躙した肉身ばかりにしがみつき、その肉身の欲望に捕らわれて無為に歳月を過ごして一生の幕を下ろしますか。」(『神の祖国と平和王国は解放と釈放圏の上で』より)

 これが心身統一訓練の正確な本質です。私たちは、良心を覆い隠し、踏みにじっている利己心をきれいに掃除する訓練をしなければなりません。心身統一の訓練を通して、良心が持つ本然の知恵を強化させ、要塞化することができなければなりません。知的な探求とは対照的な良心、または本然の霊感を啓発することにより、堕落していない本性の心と性質を一つに結ぶことができるのです。

 この修練が、個人的には、神様と真の父母様に侍るところに、またその基台の上に各自の家庭、氏族、社会、国家、そして探求的にはこの世界と宇宙、神様にまで役立つことを懇切に願うものです。一生懸命に修行することを!常に、どこでも、もう少し、もう少し、もう少し修行することを!

【天和堂p27~30より編集・抜粋】

(成和学生会報2012年12月号掲載)

Category: み言の学校